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短編小説
9
「…オッチャン。俺、たぶん殺されないと思う」

「分かってるわぃ」



 井伏はグシャグシャと己の髪を掻き毟り、転んだりしても健気に手放さなかったタバコの吸いさしを再び口に咥えた。ひん曲がったタバコの先をまたもやプラプラと上下に揺らしながら、井伏は荒々しく紫煙を吐き出す。



「ったく、不公平も甚だしいな。お前が手出し出来んのに俺が出来ないとは」

「そんなことを言われてもな〜」



 幽霊は唇を尖らせながら身体を伸ばし、畳の上をコロコロと転がっている。発泡酒に飽きたのか缶を持つだけで満足したのか、すっかり温くなったそれはちゃぶ台の上に投げ出されていた。幽霊と同じく横倒しになって転がっている様が切ない。



「おい幽霊。その缶、ちゃんと冷蔵庫にしまっておけ」

「え〜出来ないよぉ?」



 のそのそと起き上がった幽霊が手を伸ばしても、なるほど本人の申告どおりその指先は缶を素通りしてしまう。

 井伏のこめかみが引き攣った。



「…じゃあ、さっきのは何なんだ? ああ?」

「どうしてなんだろうね? もうどうでもいいからかな?」

「てめぇ…俺の大事な発泡酒様に対して何て口をききやがる…」



 無職の中年にとっては贅沢品なのだ。それを「どうでもいい」と言われると大層腹が立つ。どうにかして殴ってやりたいと井伏が震えていると、不意に幽霊が真顔になった。



「俺、酒はどうでもいいや。もっと触りたいものがあるから…」

「ああ?」



 意味深な物言いに、井伏は目を眇める。そのせいで、ごつい顔立ちが凶悪なそれになる。大抵の人間ならば裸足で逃げ出す迫力があるが、幽霊には通用しないらしい。若造はニッコリ笑って膝でにじり寄ってきた。



「オッサン…」



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