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短編小説
4
「…おい、お前。今どうして俺は転んだんだ?」

「え? あ、そういえば…」



 幽霊はキョトンとしながらも何か気づいたのか己の手を見つめた。



「俺、オッチャンのズボンの裾を掴んだんだ。…掴めた! 今まで何も触れなかったのに、さっきは確かに掴んだよ!」



 血まみれの顔を輝かせ、幽霊は軽やかに堤防の上から飛び降りた。そしていまだに鼻血を垂らしたまま地面に尻餅をついている井伏に擦り寄ってくる。



「凄い、これからはオッチャンに触れる!」

「おお、そうかそうか………って俺が喜ぶとでも思ったかボケ! お前が幽霊じゃなきゃ傷害罪だ!」

「きゃあっ、許してオッチャン〜」



 わざとらしくしなを作る幽霊に掴みかかろうとして、井伏は思い切りそのままアスファルトへと突っ込んだ。幽霊を身体ごと通り抜けてしまったのだ。



「…畜生、お前が触れたのに俺がダメとはどういうことだ」



 新たに噴き出した鼻血をシャツの袖で抑えながら、井伏は恨みがましい目を幽霊に向ける。幽霊はしゃがみこんだ姿勢のまま、どうしてだろうねと肩を竦める。



「あ〜あ〜、すっかり傷だらけだねオッチャン。可哀想に」

「誰のせいだ、誰の!」



 幽霊にクシャクシャと硬い髪を撫でくり回されて、井伏は吼えた。頭を撫でる手を振り払おうと暴れても、どうしてなのか自分は幽霊にさっぱり触れない。

 やけになって両腕を振り回していると、ふと冷ややかな視線を感じた。

 恐る恐る振り返ってみれば、海岸通の道路の反対側に買い物帰りらしき主婦たちの姿があった。それぞれ手に買い物袋をぶら下げた三人の主婦たちは、明らかに変態を見る眼差しを井伏に向けながらヒソヒソとお互い声を潜めて話している。

 彼女らの目に幽霊の姿は映っていない。となると、井伏が一人で喚き散らし、一人で堤防から転がり落ちて更に暴れているとしか見えていないはずだ。





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あきゅろす。
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