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短編小説
3
 一体こいつは何者なのか。いや、生前は何者だったのか。この町は井伏の故郷ではあるが、少なくとも十年はろくに帰っていなかったのだから、この町の住人のことなどさっぱり分からない。



「とりあえず、また墓地に戻ってみるか。お前の墓も分かるかもしれんしな」

「えー? 墓場なんてつまんないよ。それよりオッチャンの家に行こうよ」

「何で俺の家なんだよ!」

「だってぇ、オッチャンに興味津々なんだも〜ん」

「何だそりゃ?! バカにすんな!」



 井伏はいきり立ち、堤防の上に立ち上がった。その勢いに、遠くのカモメが驚いて舞い上がった。ギャアギャアと喧しい鳴き声が波の音に混ざる。



「あいにく俺は、お前みたいに暇じゃねぇんだ。とっとと何処へでも消えうせろ!」

「冷たいこと言うなよぉ。オッチャンだって昼間っから海を見てボーッとするくらい暇なんでしょ? なあ、どうして暇なの?」

「………」



 痛いところを突かれて井伏は無言で幽霊に背を向ける。そのまま歩き去ろうとして、不意に足を取られた。



「うごあっ?!」



 悲鳴と轟音が同時に響く。井伏は顔から堤防の縁に突っ込んで、したたかに顔面を強打した挙句に、一メートル近い堤防の高さを転がり落ちる。



「あれぇ、オッチャン大丈夫?」

「大丈夫に見えるかボケ! 危うくお前と同じ存在になるところだったぞっ」

「あ、それってナイスアイディア?」

「………」

「冗談だよぉ」



 鼻血を垂らしながら後ずさりする井伏に、幽霊は頭を掻いた。その姿を見た井伏は、ふと眉根を寄せた。幽霊の手先が、やけによく“見える”。他のパーツは相変わらずの半透明なのだが、そこだけは背景を透かしていないようだ。





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あきゅろす。
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