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短編小説
2
 最初に見た時は、目がおかしくなったのかと疑った。思わず手を出し、その指先が若者の胴体を難なく通り抜けてしまったのを見て、危うく悲鳴を上げそうになった。ゴツイ顔に似合わない金切り声を上げずにすんだのは、透き通った若者がやけに人懐っこい笑顔を向けてきていたからだ。

 まあ、その素晴らしい笑顔も、額からダラダラと流れ続ける血で真っ赤に染まってはいるが。

 振り返ってみるに、どうやら墓地で拾ってきたらしい。両親の眠る墓のそばに、こいつのものもあったのかもしれない。



「ったく…自慢じゃねぇが、俺は生まれてこのかた幽霊なんざ見たことねぇんだぞ。それなのに何だって今頃こんな非常識なものがついてきてんだよ…」

「非常識で悪かったね」



 井伏の小さな嘆きを聞きとがめて、幽霊が唇を尖らせた。細いがまだどこか幼さの残る頬がプクリと膨れている。何とも表情が豊かな幽霊だ。



「俺だって好き好んでこんな姿になったわけじゃねぇもん…」



 今度はクスンと一つ鼻を鳴らすと、己の膝を抱え込んで顔を埋める。これには井伏もまいった。罪悪感に苛まれて慌ててフォローする。



「悪かった悪かった! そりゃそうだよな、好きで幽霊なんざなる奴はいねぇわな! しかし何だってこんなところでうろついているんだ? っつーか、何で俺の後をついてまわっているんだ?」



 つい習慣で肩を叩こうとして、その手がスカッと空振りして体勢を崩す。そんな井伏の姿を見て、幽霊は笑顔を取り戻す。相変わらず顔は血まみれだが。



「何でって言われても、なぁんにも覚えてないんだよね。気がついたらオッチャンの背中が見えたんだ」

「…名前も覚えてないのか? あ、もしかして戒名はどうだ?」

「カイミョーって何だっけ?」

「………いや、聞いた俺が悪かった」



 井伏は額に手を当てた。深い深い溜息が出る。



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