短編小説
1
最近、ろくなことがない。
会社をリストラされて再就職もままならず、挙句の果てには女房が子供と出て行った。
ちょうど盆の時期だし、暇なのだからと田舎に帰ってみれば―――
変な若造の幽霊に取り憑かれた。
「なぁなぁ、オッチャンは何で会社クビになったんだ?」
暑い。今日も呆れるほどの晴天だ。雲ひとつない空はあまりに芸がない。入道雲くらい海の向こうから出てこないものか。だが夕立になられても、それはそれで困るが。
「なぁ、オッチャン! 耳が遠いのか?!」
「うるせえ」
耳元でギャンギャン吠えられて、井伏直志(いぶせなおし)はこめかみに血管を浮かせる。
元来穏やかな気質ではない。会社では愛想笑いもしたが、もう首にはネクタイもない。おまけに相手は商談相手どころか人間ですらないのだから、井伏は遠慮なく声の主をギロリと鋭く一瞥した。
「ギャーギャー騒ぐんじゃねぇよ。よけい暑さが増すじゃねぇか。ってか、昼間っから出てくる節操なしな幽霊なんざに話しかけられたくないね」
頬に当たる潮風は涼を運んでくるどころかネットリと肌に纏わりついてくる。このウザサは、まさに隣のバカヤロウそのものではないかと井伏は舌を打つ。
井伏は一人、海岸の堤防に腰掛けているはずだった。生まれ育ったこの町の、さえない海の景色でも眺めてボンヤリしようと思っていた。
それなのに、隣に不可解なものがいる。
一見、普通の若者だ。やや長めの茶髪をなびかせ、だぶついたTシャツをだらしなく着てイージーパンツを腰で履いている。細長い手足に、整った目鼻立ち。いかにも今時の若造といった様子だが、あいにくとその姿は半分透き通っている。
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