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短編小説
9
 ここに入り込んだのは、いったん態勢を整えるためだ。忌まわしい手荷物を一時保管出来るか破棄できる部屋があればいいのだが。それと背中の怪我も何とかしたい。

 大きな暖炉がある部屋がいい。薪がなければ話にならないが。炎でこの邪神の遺骸を焼き尽くして滅ぼしてしまいたい。



「いや、調理室の方がいいか…」



 カルナは呟き、入ってきた調理室に戻ろうとした。

 その時、空気が動いた。

 ほとんど反射的にカルナはポケットから回転式拳銃を取り出し、気配の方へと振り向いた。この時ばかりは背中の痛みを忘れて身体を低くする。

 しかしカルナの予想と違い、ナイフが飛んでくることもなく狂信者が飛び掛ってくることもない。



「………気のせいか…?」



 首を傾げた時、視界の端に白い何かが映った。

 カルナは拳銃を構えて振り返る。

 しかしその腕はすぐに下ろされた。



 振り返った先には玄関ホールに通じる大階段がある。かつては豪奢なものだったのだろう薄汚れたそこに、一人の男が立っている。

 歳の頃は四十代くらいか。流れる金色の長髪に、鼻梁が高く貴族的な顔立ち。肩幅の広い堂々とした身体に百年近い昔に流行ったローブを羽織っている。



 カルナは男を冷静な眼差しで見詰めていた。

 彼にとって死者は恐怖の対象ではない。

 階段に立つ男は、わずかに身体を透かせた亡霊だったのだ。



 幽霊は生ける悪人よりも遥かに安全な存在だと思っているカルナは、冷静に死者の姿を観察した。

 いかにも貴族然としたその顔立ちは、背後の壁に掛かる代々の領主たちの絵のそれに良く似ている。同じ血筋の者なのだろうとすぐに推察できるほどに。

 けれど、肖像画の中に彼のものはなかった。ということは、彼が最後の領主なのだろう。

 彼の代でここは廃墟となったのだ。



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あきゅろす。
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