短編小説
7
屋敷自体が巨大な怪鳥に見える。地獄の淵にたたずみ蹲る悪魔の鳥。
平時下で見れば、一目で怖気を奮って踵を返すであろう不吉な建物だ。
けれど今のカルナは疲れきっていた。
数歩走っただけで、すぐに足元を走る木の根に躓いてしまうほどに。
辛うじて倒れることだけは防いだものの、身体を支えきれずに近くの木の幹にすがりつく。そんな些細な動作が凄まじい衝撃となって傷口を襲い、思わず息を呑む。
身体が重い。血が失われすぎているのだ。思考が霞む。
この視界の暗さは、もしかしたら貧血を起こしかけているせいもあるかもしれない。
―――しっかりしろ。今は気絶している場合じゃない…
彼は追われていた。
ヘスペルス教団の暗殺隊に。
その名を知る者を恐怖のどん底に陥れるという彼らは、揃って重い毛織物の黒いマントに身を包んでいる。そして闇に溶け込んで標的に忍び寄り、その身体に教団のナイフを突き立てる。
カルナの背に残る短剣も暗殺隊が投げたものだ。
無謀ともいえる教団への侵入を果たした彼に待っていたのは、復讐に燃える暗殺者たちの刃だった。
カルナはほとんど無意識に、左腕にある聖布の包みを抱えなおす。その中身は、巻貝の化石に見える物だ。
一見無害な石のようなそれは、しかしこの世に存在してはならない忌まわしい物の一部である。
これこそが、カルナが教団に潜入した目的の物。
彼らが崇める神の聖遺骸の一部だ。
それを触媒にして、彼らは神をこの世界に召喚しようとしていたのだ。邪教の魔神。決してこの世に呼んではならない禁忌の神を。
これだけは奴らに渡してはならない。
それだけを思い、カルナはここまで逃げてきた。
そして逃げ延びる。
姿はまだ見えないが、確実に自分を追っているであろう暗殺者たちの手から。
カルナは力を振り絞り、足を踏み出した。屋敷に向けて。
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