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短編小説
6




 その屋敷は、深い森の奥にあった。

 夕刻とはいえ、まだ日がある時間だというのに、ろくに足元すら見えないほど暗い森。鬱蒼と重なり合う木々の葉がスクリーンとなって陽光を完全に遮ってしまっているのだ。

 草原では色とりどりの花が咲く季節なのだが、ここでは吐く息が白く見える。足元から革靴を通して這い登る冷気は、いつまでも同じ場所にいるわけにはいかないことを知らせてくる。



「――――くっ…」



 噛み締めた歯の間から声が漏れ、カルナは慌てて自分の口元を手で押さえた。

 その掌は汗にまみれている。体温が下がっているにもかかわらず、全身が汗に濡れているのだ。



 その主な原因は、背中の傷だ。

 左の肩甲骨のすぐ下に、大振りなナイフが突き立っているのだ。

 突き刺さったまま抜ける気配のないその刃に裂かれた傷口から、いまだにドクドクと血が流れ出てジャケットを濡らしている。

 真っ直ぐ突き立っている訳ではないから、内臓は無事だ。だがそのぶん傷口が広い。もしかしたら、肩を動かす腱を痛めている可能性もある。試しに左腕を思い切り動かした方がいいのかもしれないが、今は無理だ。

 走るたびにナイフが揺れて言葉にならないほどの激痛が走るが、抜く余裕も手段もない。

 その柄は鉛製で、神を侮辱する意匠になっている。鏃のように刃の背に刻みが入っていて簡単には抜けないようになっているその残忍なナイフは、ヘスペルス教団の暗殺隊が好んで使用するものだ。



 ハァハァ………

 自然と上がる息を呑み込み、カルナは顔を上げた。

 木々の枝が絡み合う光景が切れた先には、緩やかな丘陵とその上にたたずむ大きな屋敷があった。

 両翼を長く伸ばした二階建ての邸宅。外壁のレンガにはうねるように蔦が這い、窓枠の漆喰は剥げ落ちている。おそらく建てられて百年は経っているだろう。汚れた窓ガラスは黒く虚ろな怪物の目のようだ。



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あきゅろす。
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