Sakura tree 3 皐を叱る怒声は男らしく迫力があるとは言えなかったが、それでもRekiに近い怜なりの男らしさがやっと垣間見えた。 だが皐は怜が本格的にキレたら恐ろしいと知っているので、まだ余裕の笑みを浮かべている。 「あ〜、そっか〜!やっぱ“男”だから見られちゃマズイもんもあるよなー」 見られちゃマズイもんはある。 だが皐が言いたい物とは意味がまったく違う。 むしろ男らしくないからマズイのだ。 「持ってないわ!悪いけど興味も無いわ!」 恋愛もずっと恐くて封印してきたというのに、性的な欲求だけ別とはいかない。 そう居られるのは恐らく元から淡白な人間だからなのだろう。 「それは“男”としては不健全だよ、な?」 と言われても友人達は返事に困って、曖昧に声を漏らしてごまかした。 「もう!王子の前でやめなさい!下品な!」 下ネタとも言えない程度の軽い話なのに、頬を赤らめてそれを“下品”だと言うなんて。と、友人達は内心で驚いていた。 欲求を処理するのに必要な物を、彼は本当に持っていないのかもしれない。 そして言葉通り、そういった行為に“興味も無い”のかも……。 美貌とも言うべき眉目を持ち、品があり、物腰が優しい青年。 その清廉な印象はきっと間違いなく、欲望にも塗れぬ汚れ無い人なのだ。と、高校生達は妙な尊敬の念を抱いてしまった。 やった事が裏目に出たのを、皐は友人達の怜に対する視線で気付いた。 そしてまた悔しさと嫉妬に燃えるのだが、断固として家に友人を招かなかった皐を折れさせ、家に押しかけた時点で最初から何をしようと無駄だったのだ。 しかしやはり、怜の何がそこまで彼らを夢中にさせるのかはわからなかった。 皐が悔しさと嫉妬に燃えるのは、怜に友人をとられると思ったからでは当然ない。 一人だけ冷めたような態度でも、桜木家の教育方針は皐も例外ではない。 これが皐の愛情表現だと怜もわかっているから、決して本気では怒らないのだ。 怜が店の仕事があるとわかると、皐はさっさと友人達を帰した。 女装していくのに居たらマズイと思ったからだが、彼らも怜の迷惑になると思ったら自らすすんで腰を上げた。 皆が帰った後、怜は自室に戻る前に皐に寄って行って、耳元に顔を寄せた。 一瞬本気で叱られるかと身構えたが、そうじゃなかった。 「いじわる」 すれ違い様の拗ねた声。 皐が怜の顔を追うと、ふっと笑って皐を一瞥しただけだった。 本当に『彼』は、不意にかっこいい。 以前はそれが苛立ったのに、今はまた別の意味で腹が立つ。 本当はかっこいいお兄ちゃんなのに、何故オネエになんか?という苛立ちは消え。 本当はオネエだっていうのに、何故あんなにかっこいいのか、という複雑な思いを抱く。 結局『彼』が大好きで、そうさせる『彼』が何だか腹立たしい。 ずるい。 憧れ、自慢に思ってしまうのが悔しい。 髪をアップにしてまとめ、レディースのカジュアルな服を着た怜は、もうオネエ仕様だ。 お店の日数を減らすのを残念に思っている怜は、望に慰められてから出掛けていった。 いつも意地悪したり、からかって遊んでいるくせに、たまにああやって優しくする。 横目で様子を窺いながら、皐は内心でちょっとだけ拗ねた。 勿論望の本音はあの優しく頼もしいナイトである部分にあるのはわかっている。 華やかで、掴み所の無いおどけた顔に隠されているくせに、肝心な時にはきっちり素顔を出す。 やはり、ずるい。 望もかっこいいお兄ちゃんだから困る。 悟の場合長男で年が離れているせいか、ずるいとかじゃなくて正直に尊敬している。 兄達の様にはなれない。 まだ意地悪な表現しか出来ないのは、自分が未熟で、子供だからなのだとうっすら自覚しているのに。 やっぱり、まだ自分らしい表現方法が見つからない。 もっと優しい方法が。 もどかしく、悔しい思いをしたりしない、嫉妬に燃えないで済む方法が。 お店の客達は「寂しくなるね」と残念がったが、皆怜を応援して励ました。 真弓については、怜の方から必要以上に連絡をとらないようにしている。 お店にも頻繁に来てくれるわけでもなかったのに、日数を減らしてしまってますます会える機会が減る。 学校ではRekiとしても話題になってしまったから、もうそう簡単に真弓に会う目的で行く事は叶わない。 受け入れてくれた皆に会う機会が減るのも寂しいが、何より真弓に会えなくなるのが悲しいのだ。 [*前へ][次へ#] [戻る] |