[携帯モード] [URL送信]

Sakura tree

握られた手を反射的に引こうとしたが、それは許されなかった。

「怜さん」

顔が寄せられ、囁くように呼ばれる。
と、せめてもの抵抗で顔をそむける。

「我慢してください」
「なっ、何…を……?」

固まって、恐る恐る問う。
右頬にあいた手がそえられ、そむけた顔が戻されてしまい、また逃げようとする。

「信じてください」

甘い微笑みで言われると弱い。
見惚れて油断した隙に、額に軽く唇が触れた。
赤面するしかできないが、脳内ではぐるぐるとパニックを起こし、内心で悲鳴を上げている。
それをいいことに先生は頬へも口づけて、遂に限界へ追い込んだ。

「先生…!心臓止まりそう…っ」

ぎゅっと胸を押さえ、爆発しそうな動悸をそこでも感じる。

「それじゃ、今日はこのへんにしときましょっか?」

先生はそれ以上、本当に無理には触れようとしなかった。


送ると言ってくれたのは嬉しかったけれど、断るしかない。

「先生。さようなら」
「さようなら、怜さん」

ドアを開けようとして、はたと気付く。
これでまた次にいつ会えるかわからないのだ。
だからこのまま別れるのが寂しくなった。

「……?どうしました?」

寂しさを乗り越えられるように。
このふわふわした、パニックを起こしそうなほどの嬉しさを持ち帰りたかった。

「手……」

緊張で声も、差し出した手も震えそうになる。

「ぎゅって、してください」

精一杯だ。
面倒に思ったりしてないかとちらっと窺うと、先生は目を丸くしていた。
やっぱり言わなきゃよかった!
刹那。

「はい」

きゅっと。
温もりが包む。

先生なら、恐くない。
だってとても、とても幸せな気持ちになった。


マンションを出た瞬間フラッシュに包まれて、何が起きたのか全然把握できなかった。
カメラに撮られているとわかったのは数拍後だ。
そして聞いた事のある週刊誌名を耳にして、背筋をぞっと恐怖が走った。
説明を受けても、何を質問されても頭が回らなくて、事態をうまく認識できない。
けれど記者が先生の情報を掴んでいる事がわかると、涙しか出てこなかった。

どうしよう。
どうしよう。
そればかりで、他に何も考えられない。
先生の仕事を奪ってしまう。
先生の人生を狂わせてしまう。

[*前へ][次へ#]

19/39ページ

[戻る]


あきゅろす。
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!