Sakura tree
4
握られた手を反射的に引こうとしたが、それは許されなかった。
「怜さん」
顔が寄せられ、囁くように呼ばれる。
と、せめてもの抵抗で顔をそむける。
「我慢してください」
「なっ、何…を……?」
固まって、恐る恐る問う。
右頬にあいた手がそえられ、そむけた顔が戻されてしまい、また逃げようとする。
「信じてください」
甘い微笑みで言われると弱い。
見惚れて油断した隙に、額に軽く唇が触れた。
赤面するしかできないが、脳内ではぐるぐるとパニックを起こし、内心で悲鳴を上げている。
それをいいことに先生は頬へも口づけて、遂に限界へ追い込んだ。
「先生…!心臓止まりそう…っ」
ぎゅっと胸を押さえ、爆発しそうな動悸をそこでも感じる。
「それじゃ、今日はこのへんにしときましょっか?」
先生はそれ以上、本当に無理には触れようとしなかった。
送ると言ってくれたのは嬉しかったけれど、断るしかない。
「先生。さようなら」
「さようなら、怜さん」
ドアを開けようとして、はたと気付く。
これでまた次にいつ会えるかわからないのだ。
だからこのまま別れるのが寂しくなった。
「……?どうしました?」
寂しさを乗り越えられるように。
このふわふわした、パニックを起こしそうなほどの嬉しさを持ち帰りたかった。
「手……」
緊張で声も、差し出した手も震えそうになる。
「ぎゅって、してください」
精一杯だ。
面倒に思ったりしてないかとちらっと窺うと、先生は目を丸くしていた。
やっぱり言わなきゃよかった!
刹那。
「はい」
きゅっと。
温もりが包む。
先生なら、恐くない。
だってとても、とても幸せな気持ちになった。
マンションを出た瞬間フラッシュに包まれて、何が起きたのか全然把握できなかった。
カメラに撮られているとわかったのは数拍後だ。
そして聞いた事のある週刊誌名を耳にして、背筋をぞっと恐怖が走った。
説明を受けても、何を質問されても頭が回らなくて、事態をうまく認識できない。
けれど記者が先生の情報を掴んでいる事がわかると、涙しか出てこなかった。
どうしよう。
どうしよう。
そればかりで、他に何も考えられない。
先生の仕事を奪ってしまう。
先生の人生を狂わせてしまう。
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