Sakura tree
3
番組を観た真弓はまず桜木家の家族の素晴らしさを感じ、次に怜と出会えた事を感謝した。
そして最後に残ったのは、怜が持つ男性への不安感だ。
付き合っているのだから自分は恐いとは思われていないだろうが、あるとしたら接触への抵抗感、恐怖心だろう。
※
電話で声を聞いてしまうと会いたくなるのはどちらも同じで、真弓が会いたいと言うと怜も了承した。
本当はまだ控えなければならないと互いにわかっているのに、真弓の「話があるから」という理由で見ない振りをした。
久し振りに会うと照れ臭くて、怜はまともに真弓の顔を見られなかった。
真弓はそれに苦笑しつつも、やはり恥じらう姿が可愛らしいと思ってしまう。
こうして照れながらも嬉しそうに隣に座ってくれると、わざわざ話なんて持ち出さなくていいかと気持ちが揺らぐ。
怜のペースで、恐がらせないようにと決めたのに。
それでも付き合っているのだから、知っておきたいと思うのは仕方ないと都合よく自分に言い聞かせる。
「お話があります」
怜は急に緊張して体を強張らせた。
きちんと聞こうと姿勢を正したが、正座ではなく何故か体育座りでちょこんと膝を抱えた。
怜は至って真面目で、それがおかしくて真弓はつい笑ってしまった。
「本当は無理に聞き出すべきではないと思ったんですが、お付き合いしていく上で聞いておくべきかと思って」
怜はじっと真弓を見つめ、こくんと頷いた。
「怜さんは、男性が苦手ですか?」
言われてドキッとしたのは、あまり自分でも見たくない傷跡のようなものなか触れられたからだ。
そして先生が番組を観てどう思ったか想像すると心苦しくて、申し訳なくなってしまう。
「あの……そこまでは……」
気を使ってると思われただろうか。
先生に落胆されるのが心配で、膝を抱える自分の手ばかり見る。
「番組でも言った通り、昔からからかわれたり、ちょっといじわるされた事はありました」
辛い経験を意地悪の一言で表現できてしまうのが強さなのか、優しさなのか、真弓にははかりかねた。
「でも、あの…っ。それで恐いと思った事はありません。恐かったのは……」
一つ、二つ。
よみがえる。
「中学の時に先生にちょっと脱がされかけたりとか……。高校の時に面白がって体を触られたりとか……そんなので……」
控えめに申告してるわけじゃない。
本当にそれくらいだ。
「もともと乱暴で荒々しい人は苦手だったし、ちょっと強く来られるとびっくりするだけです」
男性が皆恐いと感じているわけではない。
「本当に?触れられるのが恐いと思ってませんか?」
怜は言葉に詰まった。
やっぱり、と。納得する気配を感じ先生のシャツを摘まむ。
「嫌だったのは、自分です」
本当に恐かったのは他人ではない。
「からかわれて、いじわるされるような自分が嫌で……。だけどまた男っぽく振る舞うのもつらくて、ずっとへらへらしてました」
自分にうんざりしていた。
“普通”じゃない自分をやめたいと思うのに、それは叶わない。
何者にもなれるわけはない。
だってこれが紛れもなく、逃れようのない自分だから。
「自分がおかしいんだって思わせられるのが、恐かった…っ。意識されて触れられると恐いのは確かです」
泣き出しそうに揺らぐ声に、真弓の胸は締め付けられた。
「でも…!だからって先生に触られたくないとか、恐いなんて思ってません!」
すがるように、潤んだ目が向けられる。
「先生は……先生はすごく、優しいし。ドキドキしてすぐ耐えられなくなっちゃうけど、恐いからじゃないですっ」
染まった頬に、滲む涙が今にも溢れそうだ。
「だから嫌にならないで?嫌いにならないでください」
「勿論。嫌いになんてなりませんよ。僕こそ辛い事を聞いてしまってすいません」
自分が何を言ったか、はたして気付いているのだろうか。
真弓はシャツを摘まむ細い指先を包み、柔らかな笑みを注いだ。
「僕も、怜さんが好きです」
正直に、浮かれていた。
他の男とは違うと言ってくれたのだ。
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