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Sakura tree

杏子より麗と仲良くなったのは、一栄も麗と同じく一人っ子だったからだ。

一栄は両親が押し付ける高い理想と強い期待に、うんざりしていた。
モデルの活動も街でたまたま声をかけられただけなのに母親が喜んでしまい、やってみたら?と言うから断れなくて何となく始めてしまっただけだ。
杏子の言う通りいい加減な気持ちでやっていたから、苛立つのは当然だ。
それで食っていこうとする人だったんだから。

杏子に反発したのは、図星だったからかもしれない。
あまりに正論で、言い返せなかったから。
それと、家での苛立ちをそこで発散していたというのもあった。

芸能活動をするかわりに、父親からは成績が平均以上である事を求められた。
いや。父の理想はそれより高いところにあった。
平均以上ではなく、優秀である事で満足していたから。
それが続ける条件だった。
好きで始めたわけでもなかったのに、母親の理想の為に、二重の枷がつけられたのだ。

いつも、やめる言い訳を探していた。
父親も母親も裏切らずにやめられる方法を。

唯一の逃げ場で、楽しみで、喜びだった小説を書く事を、本気で仕事にしようと考えたのはその頃だ。
そしてそれは恐らく。
何とも気に食わない事に。
大嫌いだった杏子の影響だった。

杏子は仕事に関してプロ意識を持っていたから、ならば自分も……と考えた。
このまま中途半端な気持ちで、苦しいままやり続けるなら、やりたい事を本気でやった方がいい。

ただ自由になりたかった。

真剣に小説を書き始めると、勉強と仕事との両立が厳しくなった。
成績が下がって両親には叱られるし、杏子は相変わらずうるさいし。

「そんないい加減なままだったらいっそやめれば!?」

鬱陶しくて、勢いでぶちまけた。

「ああ、やめるよ!やめる!俺は…!小説家になる!」

また煩く言うか、呆れて笑い飛ばすかすると思った。
なのに杏子はそれを笑わなかったし、無理だとも言わなかった。
ただ気が抜けたように、「そう」と呟いただけだった。

実際杏子は、あっさりやめると言われて落胆したのだ。
自分が一生、この仕事で生きていくと意気込んでいたのは、そんな程度のものだったのか、と。

それから一栄は、本当にモデルをやめてしまった。
母親からはやめた事を責められ、父親からも挫折したと言って落胆され。
そして小説ばかり書いていたから成績が下がり、また責められる。

一栄はぼろぼろだった。

何の為にやめたのか。
わからなくなっていた。

両親の評価を得る為に、期待通りで居る為にと頑張ってきた。
そこでやっと自由を得る為にやめたというのに、苦しいばかりで、辛かった。

一栄が夢に向かって頑張っているという話を柾樹と麗から聞いた杏子は、久し振りに一栄に会いに行った。
一栄がモデルをやめてから会う事もなくなっていたから、ケンカ別れになってしまっていて、謝りたかったのだ。
けれど杏子がまた自分を責めに来たと思った一栄は、話も聞かずに杏子に当たった。

「やめてくれよ……」

いつもクールを気取っていた、いい加減で無気力だったはずの一栄が。

「何しに来た……」

まるで余裕がなく。

「どうせまた俺をバカにしに来たんだろ……」

苦しそうに顔を歪めていた。

「もういい。もううんざりだよ!ダメなのはわかってる!わかってるから…!」

震える声が、胸を締め付けた。

「もう何も言わないでくれっ!もう…っ。……もう……いい……」


それはロマンチックな恋愛とは違ったと思う。
杏子はぼろぼろな一栄を見て、嫌われていてもいいからそばに居て、一栄を守ってやりたいと思っただけだ。

夢を追い、それを仕事にして生きようとする者同士の、絆。
同志に近かった。

家出してきた一栄を一人暮らしの家に泊めた事もあったけれど、まったく何も起こらなかったし、互いに起こそうとも思ってなかった。

二人はやっぱり素直じゃなくて、お互いに多分ひねくれていて。
愛情を素直に表現する事を恥ずかしく思っていたから。
そういう感情が芽生えても無視して流した。

麗が高校を卒業するのを待って、柾樹と麗は結婚をした。
一栄と杏子は二人の結婚式に出て、スピーチもした。

そうして時が経ち、二人はやがてお互いに“相手がもっと素直になればいいのに”と考えるようになった。
それは素直に言えば“相手にもっと愛してほしい”という事だったのに、素直じゃないからわからなかった。
気付いても知らない振りをして、自分じゃなくて相手がそうすればいいとなすりつけ合っていた。

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あきゅろす。
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