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Sakura tree
第二十二話 パパとママの物語
テディベアを抱えてごろごろしながら、怜は『飛翔する薔薇』のしおりを眺めていた。

先生とはなかなか時間が合わなくて、デートというデートも出来ていない。
だから先生と撮った写真を一枚も持っていない。
その内フランスに行く事になるだろうし、その時は写真ぐらい持っていたい。
けれど何て言って頼んだらいいのか。
恥ずかしくてばたばたごろごろと暴れていたら視線を感じて、見るといつの間にか王子がドアの隙間からじっと見ていた。

「びっくりした!」
「何してるの?」

写真の事を言うと、王子はさらっと衝撃的な告白をした。

「ふーん……。先生は怜ちゃんの写真いっぱい持ってるのにね」
「え!?何それ!」
「怜ちゃんが載った雑誌を集めてるんだよ?」

それと王子が友達と計画して先生にあげた画像もあるのだが、それは怜が羞恥のあまり爆発するかと思い黙っていた。

「ずるい!」

てっきり恥ずかしがると思ったのに、怜はぷぅっと頬を膨らませて拗ねた。

「私は一枚も持ってないのに!」
「先生に頼んだら?」

そう言うと怜は恥ずかしがってうつむいてしまう。

「怜ちゃんてウブだね」
「王子だって同じようなレベルじゃない!」


王子にまで言われてしまい、怜は「付き合うってどうしたらいいの?」というそもそもの疑問を抱きパパとママに馴れ初めを聞いてみる事にした。

キッチンでコーヒーをいれているママのそばに、パパがちょろちょろとつきまとっている。

「貴方、お仕事は?」
「だから言ってるじゃないか。僕は君の差し入れが無いと書斎から逃げない自信は無いよ?って」
「はいはい。今用意してますよ」

子供っぽい我儘を言うパパを、ママが穏やかな眼差しで見る。
いまだに仲がいいこの夫婦は、時に呆れるが、怜にとって憧れでもある。
おじいちゃんおばあちゃんまで仲良く……なんて事をきっとこの夫婦は叶えるだろう。

結婚という制度による保証も権利も、怜には与えられないとわかっているから。
余計にその揺るがない二人の愛情や絆、関係性というものに憧れる。

「ねぇ」
「あら、どうしたの?」
「いきなりだけど……。二人の馴れ初めを聞きたいなって」

パパとママは目を丸くして顔を見合わせ、それからにっこりと笑った。

「おいで。話してあげよう」





それは、三十年ほど前の事。

一栄は高校生の時に賞をとって小説家デビューしたのだが、その前は少しだけモデルをしていて、杏子とはそこで知り合った。
当時、李姫(りき)として芸能活動をしていた杏子は、モデルから徐々に女優の仕事も増え始めて、将来を期待されていた。
一栄は他にやりたい事があったから、モデルをバイト感覚でやっていた。
杏子はこの仕事で生きる!と強く決めていたから、一栄のそういう態度が気に食わなかった。

やる気の無さが見えるいい加減な態度も気に食わなかったが、クールを気取って笑いもしないところも好きじゃなかった。
他人とコミュニケーションをとろうとせず、場の空気を読まない。
周りに余計な気を使わせて、スムーズで気持ちいい仕事をしようとするのを邪魔していた。

プロ意識の欠如。
それが杏子が一栄を嫌いな一番の理由で、印象のすべてだった。
その思いが何となく伝わっていたのもあって、一栄の方も杏子が嫌いだった。
仕事への意識やこだわりが強いのはいいが、それを押し付けられるのは迷惑だと思っていたからだ。
杏子の強気な性格が、より一栄の反発を煽った。
正義感が強く、世話焼きで、お節介なのが酷く鬱陶しかった。

とにかく二人は互いが大嫌いだった。


仕事に生きると決めていた杏子と違って、杏子の二つ下の弟は早くから結婚を決めていた。
弟の柾樹は、杏子の友達だった女優の麗と付き合っていて、結婚をしたがっていたのだ。

麗は一人っ子で、父親が兄弟と仲が悪かったから親戚との付き合いも少なかった。
だから結婚したら寂しくないように、子供は沢山ほしいと言っていた。

年も近かったし、一栄は杏子よりも弟の柾樹や麗との方が仲がよかった。
だから自然と、四人でつるむようになっていった。


一栄、十七歳。杏子、二十歳。
柾樹、十八歳。麗、十七歳の頃だった。

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あきゅろす。
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