Sakura tree
3
「あのっ、家族に……先生との事を話しました。事務所にはまだなんですけど」
「なら、ご家族にも挨拶に行かないとなりませんね」
当たり前の事の様に、あまりにも自然に言うから、怜はびっくりした。
「本当なら、お付き合いする時に行くべきでしたね。僕は教師ですから、その事で世間的に批判されてご迷惑をかけるかもしれませんし……」
「そんな…っ。先生は悪くないです。家族も皆そう言うと思います。だって、私達はただ、好きになっただけだから…!」
理解してくれると信じているし、王子の両親の話を聞いて皆もきっと同じ答えを思ってくれたはず。
真剣に目を見て訴えると、真弓は頷いてくれた。
「そうですね。すみません」
怜は首を振ってから照れて笑うと、おずおずと真弓の袖をつまんだ。
「でも……。先生のそういう、誠実なところが素敵です」
真弓は今日も送っていきたかったし、怜もまだ一緒に居たかったが、記事を書かれたばかりだから用心して一人で帰る事にした。
けれどやっぱりまだ一緒に居たいし、寂しいし、名残惜しくて、怜は玄関先で頬を染めながらも勇気を出した。
自ら真弓の指先をちょこんと掴んで、真弓をびっくりさせた。
「お休みなさいっ」
「はい。お休みなさい……」
真弓がびっくりしている内に、怜は帰ってしまった。
真弓は今の光景を思い返して、くすくす笑った。
「可愛いなぁ」
事務所の一室で、怜は矢嶋と雨崎の二人に真弓との事を話した。
昔から怜を知っている矢嶋が一番驚いたが、一番喜んでもくれて、怜はびっくりしてしまった。
「あの、いいの……?」
「だって真剣な交際なんでしょ?」
雨崎から聞いてはいたが、こうもあっさり許されると拍子抜けする。
「そうだけど……」
「それより私は心配よ!アンタが変なのに騙されてやしないかって。会わせなさい!」
「ああ、それは勿論。事務所に挨拶に行くって言ってたし、家族にも挨拶したいって言ってくれたの」
それを聞いて矢嶋は安心したが、相手が教師と知ると雨崎と相談しはじめた。
「どうかしら?教師よ?問題になると思う?」
「でも真剣に交際してるんですから……。それでお相手が職を失うまでなったら、そっちの方が問題になりそうですけどね」
「それよ!」
矢嶋は雨崎の肩をバシバシ叩いてよくやったと褒めた。
「もしバッシングでもされたら、その手でいきましょう!私達は正しいわ!」
ゲイは道徳に反する存在なのか。
ゲイだったら就く職業も限られるのか。
ゲイが教師になると好きな相手と付き合う事も許されないのか。
異性愛者が当たり前に許される権利が、同性愛者には許されないのか。
「でもそれって、随分先進的な思想ですよね。今の日本で理解されます?」
「だからこそじゃない!怜君が、うちの怜姫が先頭に立って同性愛者の権利を訴えるぐらいの覚悟でどーんと構えてなさいよ!」
何だか壮大な話になってきた。
とりあえず……と、怜は真弓に電話で報告する事にした。
「あっ、先生?大丈夫でした。はい。怒られませんでした。事務所の人が、先生とも会いたいって」
嬉しそうに声を弾ませるその背中を見て、矢嶋は冷静に呟いた。
「あの子、彼氏のこと“先生”って呼んでるの……?」
「しかも敬語ですね」
事務所に許可されたどころか応援してくれる姿勢で、怜は浮かれていた。
夕飯の材料を買っていってつくるのがデキる女っぽくてイメージも良かったのだが、真弓が自炊するから挑戦するチャンスも無い。
それに真弓は傷をつくったらいけないからと、怜には刃物を使う事は任せないのだ。
真弓はおつまみだった生ハムでさっとパスタをつくって出した。
「一生独身だろうと思ってましたし、元々嫌いでもなかったので。それに自炊した方が経済的ですしね」
二人でパスタを食べた後、真弓は真剣な口調で話を始めた。
「僕達の事が世間に知れた時に、問題になって、批判される事もあるかもしれません」
けれどそれは二人とも最初からわかってる事だ。
「それを覚悟して付き合ったんですから、僕は何が起こっても耐えるつもりです」
怜は微笑み、こくりと頷いて同意した。
「怜さんは芸能人で、表に立っている人ですから……。守りたいと思っても、僕に出来る事は限られてるのかもしれません。影で支える事くらいしか出来ないのかと思うと、悔しい……。もどかしいです」
怜はそれを聞いて嬉しくなって、にっこりと真弓に微笑んで言った。
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