Sakura tree
2
真弓は以前怜が美術館に行きたいと言っていた事を覚えていて、怜を絵画の展覧会に誘った。
心象風景を描いたという不思議な絵が沢山あって、中にはトリックアートの様な作品もあった。
空から滝が流れて、それが川になっていたり。
森の木々が人になっていたり。
怜は一枚の絵の前で足を止め、その絵に見入った。
その絵のタイトルは『飛翔する薔薇』
薔薇の木から生えた人は、きっと薔薇の木自身なのだろう。
けれど薔薇は、大地に根付いた木から飛び立とうと空を仰ぎ、両手を上へ伸ばしている。
周囲には、飛び立った結果枯れていった薔薇が倒れている。
それは自由の代償だ。
それでも薔薇は、何故飛び立とうとするのか。
薔薇の視線の先には木があって、その木からも人が生えている。
木も、薔薇に手を伸ばしている。
薔薇は木に向かって飛び立とうとしているのだ。
『飛翔する薔薇』
地面を離れて飛翔した薔薇は、この後どうなるのだろう。
怜は胸が苦しくなって、真弓にその疑問をぶつけた。
「大丈夫。薔薇はきっと、木が抱きとめてくれますよ」
それを聞いて泣きそうになった。
芸能の仕事をするようになり、カミングアウトをして得た自由。
そしてその代償。
けれど大丈夫。
きっと先生が抱きとめてくれる。
「よかった……」
帰りにその絵のしおりを二つ買って、先生とお揃いで持つ事にした。
怜を撮りたいと言ったフランス人のカメラマンは、ゲイだとカミングアウトしている。
雨崎は「だから気をつけて」と言ったが、怜には意味がわからなかった。
「何が?」
「だから危ないじゃないですか。ゲイですよ?怜姫さんに惚れ込んでわざわざ来日までするっていうんですから」
「大丈夫よ」
正直、それって偏見じゃない?と思った。
真弓先生が言ってたもん。
ゲイにだって好みはある。
一緒に仕事をしたいと思うのと好みだと思うのは違うだろうし、ゲイだからって奔放なイメージを抱かれると違和感がある。
実際に会ってみても感じのいい人だったし、物静かでとても紳士的な人物だ。
美しいと褒めて、やはり是非撮りたいと言ってくれたのに、矢嶋も雨崎もそれが手かもしれないから気を付けなさいと言った。
これから一緒に仕事をする人なのに。
その誤解が悲しかった。
カメラマンによると、撮影はフランスでしてフランスの雑誌に載せるらしい。
それから事務所側の提案で、写真集を撮って日本で発売する事も決まった。
矢嶋と雨崎は、これで色々言っている人間を黙らせられる!と大喜びだ。
そんな矢先、ゴシップ誌やネットで怜姫が奔放な性生活を送っているという記事が出た。
デマだから当然写真は無いし、証言した人物も“事情通”だなどと怪しいものだ。
家族は勿論信じるはずがなく、傷ついた怜を励ました。
先生が知ったら何て思うだろうと考えると悲しくて、怜はママに慰められながら泣き出してしまった。
「大丈夫よ、怜ちゃん」
「違うの…っ」
怜は首を振って、はぐらかしていたそれを口にした。
「先生が見たらどうしよう……。先生に誤解されたくない…!」
「先生?先生ってだーれ?」
その人の名前を口にすると、ママは納得したように何度も頷いた。
「そう……。先生は怜ちゃんの事をずっと気にかけて、いつも心配してくれてたから……」
何故ママが知ってるのかと思い目を丸くすると、ママはふっと微笑んだ。
「王子ちゃんの事で、よく電話してきてくれるのよ?その時に怜ちゃんの事もね」
知らなかった。
「ちゃんと説明すれば、先生ならわかってくれるでしょ?」
「うんっ」
励まされて、ママとぎゅっとハグした。
夜、先生の家で会ってきちんと説明すると、先生はにっこりと笑ってくれた。
「怜さん。そんな事、僕が信じるわけないじゃないですか」
そう言って手をとって。
「ほら。こうして手を繋ぐのだって、怜さんは真っ赤になって数秒も繋がせてはくれないのに」
笑わせようとして冗談混じりに言ったそれは、半分本気だ。
けれど真弓は怜が困ると思って、怜がするように手を放させてやった。
「それより、怜さんが傷付いてないか心配です」
じっと見つめられるのが恥ずかしくて、怜はうつむいてしまった。
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