Sakura tree 第二十話 健全なお付き合い 想いが結実したという事は、お付き合いが始まるという事だが、怜にはどうしたらいいかわからなかった。 そもそも誰かを好きになること自体久々だったから、お付き合いなんてまったく未知の域なのだ。 あれから二人で、公園のベンチに長いこと座っていた。 無言でも時々視線を合わせ、笑顔を交わすだけで幸せだった。 きっと、そういう事でいいのかもしれない。 二人で一緒に居て、幸せなら。 けれど特別に何かしたくて考えても、手編みのマフラーという古典的なイメージしか湧いてこない。 そこで思いつく。 お弁当をつくったら、食べてもらえるだろうか? しかし学校には給食があるし、先生の好き嫌いも知らない。 つくったとしても王子に渡してもらうわけにはいかないから、どっちにしろ電話するしかないのだが、やはり悩む。 しばしテディベアを抱えてごろごろしてから、やっと思いきって電話をかけた。 『もしもし』 「お仕事中ごめんなさい。今大丈夫ですか?」 『ええ。大丈夫ですよ』 優しい微笑が想像出来るような、穏やかな声色に満たされる。 「あのっ、お弁当をつくったら、食べてくれますか?」 勇気を出して聞いたのに、沈黙が痛い。 やはり給食があるから迷惑かと思ったら……。 『もちろんです…!』 「よかった。でも、給食ありますよね?」 『大丈夫です。テストがありますから』 テスト期間だと生徒は午前中で終わるが、だからといって教師も早く帰れるわけではない。 その日ならお弁当でも大丈夫だ。 『好き嫌い?そうですねー……嫌いなものはあんまり無いので、何でも食べますよ?』 お弁当は朝早く、登校前に渡す事になった。 そして弁当箱を返すついでにと、夜、一緒にご飯を食べる約束もした。 ※ 早起きしてつくったお弁当を、生徒が登校する前の静かな時間に渡す。 照れ臭そうに笑う怜に、真弓も微笑み返した。 夜は食事をしながら互いに色々聞きあったり、仕事の事を話したりした。 「お店もありますし、忙しくて大変でしょう。あまり無理はしないでくださいね?」 帰りはいつも通り、真弓が家まで送っていった。 夜だし人も居ないから、ちょっとだけなら……と思い手を繋ごうとすると、怜はびっくりして手を引っ込めた。 「すいません……」 怜は芸能人で、バレたらまずいから、やっぱり外はダメか……と反省する。 けれど怜は胸元にぎゅっと引っ込めた手を恐る恐る出して、真弓のジャケットの肘のところをちょこんとつまんだ。 「あ、あの…っ。ドキドキするから……」 そっか。 真弓は安心してふっと微笑んだ。 可愛らしいこの人を抱き締めたい気持ちを抑え、袖にかかる重さを嬉しく感じていた。 ※ 好きな人ならまだしも、お付き合いしてる人が居る事はさすがに事務所に報告しないといけないと思い、怜はマネージャーの雨崎に聞いてみた。 もしそういう相手が出来たらどうするのか?と。 怜はそういう事には興味が無いと言っていたから、雨崎はびっくりした。 「真剣な交際ならいいとは、矢嶋さんが言ってましたけど……」 「本当!?」 「はい。怜姫さんは女性ファンが多いですけど、ファンは怜姫さんを同性として見ていると思うんです」 女装していて、性質がそちら寄りではあるが、あくまで怜は男だ。 男として男が好きなゲイであり、別に女になりたいと思った事は無い。 しかし女性からするとこんな怜が男としては見れないというのもわかる。 恋人にしたい芸能人や抱かれたい男ランキングなどの対象ではなく、親近感を抱いて応援したくなる存在だ。 「だからファンが離れるって事も無いだろうという事で……」 事務所の一室でこれから真弓との事を話そうとしていたのに、ノックがそれを遮った。 若いアイドルの女の子とそのマネージャーで、今度仕事が一緒になるからその挨拶という事らしい。 怜が急いで立って挨拶をすると、『遠矢しろの』は胸の前で祈る様に指を交差し、上目遣いで怜を見た。 「私、レキさんのファンなんですぅ〜。レキさんがデビューしたばっかりの最初の頃からでぇ〜」 「あっ、えっ?ありがとうございます」 予想もしない言葉に戸惑い、つい社交辞令みたいなものかと疑ってしまう。 「初めて雑誌で見た時にカッコイイー!って思ってぇ」 「ブログにも書いてくれてたんですよ」 雨崎の補足で怜は少しずつ信じ始めた。 [*前へ][次へ#] [戻る] |