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Sakura tree

一ノ瀬は入ってくるなり、人が居るのも構わずに“それ”を口にした。

「よーう、怜。お前アイツとどうなってんだー?進んでんのかよー?」
「ちょ…っ!」
「いつまでグダグダやってんだ、まどろっこしー!」

一ノ瀬は本当に面倒臭そうにぼやいた。
しかし怜は頬を染めながら、両手をばたばたと動かして非難する。

「もー!やめてよー!せっかく頑張って男やってるのにぃー!この格好でオネエが出ちゃったらマサちゃんのせいだからね!」
「いーじゃねぇか。内股で歩け」
「バカ!やめてよ!本当にそうなりそう!ちょっと皐ちゃん、何とかしてぇ。いじめるぅ」

今さっきまでカッコイイお兄さんをしていたのに、皐に泣きつく怜はもう可愛らしいオネエ様だ。

「しかしアイツも押しが足りないんだなぁー。情けない」

一応人前だとは意識しているようで、最低限名前は出さないくらいの気遣いはしてくれているらしい。

「ちっ、違うもん!」

押しが足りないとかそんな事は怜にはわからなかったが、“情けない”と先生が侮辱されたのは何となく腹が立った。

「じゃあ押されてはいるのか?」

探るように見る一ノ瀬の他に、聞いている皐や友人達も怜に注視した。

「………………ん?」

だが怜はきょとんとして首を傾げて、意味がわかっていないのがバレバレだ。

「まったく。アイツも苦労するわなぁ……」

意味がわかってない怜に、皐はじとっとした視線を送る。
怜にそんな関係の人が居るとは思ってなかったから、問い詰めたいのを我慢しては居るが、拗ねているのがバレバレだ。

怜はぷぅっとむくれて一ノ瀬を睨んだ。

「もうっ。ジャマ!集中出来ないからどっか行って!」

一ノ瀬はケラケラ笑いながら出ていった。


本番前になると、体育館の舞台袖で生徒に混じって怜も待機していた。
集中してすっかり男の顔になるのを、皐は隣で見ていた。

学年ごとに出ていく男子生徒達を見送って、怜の出番になる頃には、皐も袖に戻ってきていた。

「っしゃ!」

気合いを入れて出ていくその背中を、皐は素直に格好良いと思った。

袖に戻ってくるなりジャケットを脱ぎ捨てた怜は、休む間も無く着替えに走る。
メイクをしても髪までセットしなおす時間は無いから、下ろしただけだ。

女子生徒が終わるまでには間に合って出ていくと、驚きの混じった歓声が上がった。

一連を見ていた皐は、モデルとしての怜の格好良さに感激した。
袖に戻ってきた怜に誰よりも一番に駆け寄り、またお兄ちゃん大好きオーラを垂れ流す。

「怜ちゃん!かっこよかった!」

怜はふわりと優しく微笑んで、皐をハグした。

「ありがとう」


家族が有名らしいという事と、兄達が三人揃って格好良いという条件があって評価されているのだと皐は思っている。
父似の容姿も、人に媚びないクールな性格も好かれる大きな要素なのに、本人は特にそれらをもって人より優れてるとか好かれてるとは思っていない。
だからって一度も家族を恨んだり自身を特別卑下した事も無い。
家族が大好きで、家族を評価されるのは嬉しい事だし、とても誇らしい気持ちになれる。

お兄ちゃんが大好きで、お兄ちゃんの前だと甘える弟になってしまう事も。それ自体は恥ずかしい事じゃない。
それをブラコンだと新たなキャラとして認識されても、ギャップが可愛いと思われても、一向に構わない。
皐にとって一番は家族で、それが汚されなければ関係ないのだ。
だから怜が侮辱されれば、自分が嫌われるのも構わずに相手を非難する。

皐にとっての正義は家族で、愛情の表現は正義だ。


ドアを小さく開けて、皐は中をこそっと覗いた。
自慢の兄はテディベアを抱えて寝ている。

足元で一緒になって覗いていた王子と顔を見合わせ、二人でにこりと笑った。





久し振りにゆっくり二人で会えるという事で、怜は少し緊張していた。
デートとはっきり言葉には出さなかったが、真弓からのお誘いのこの時間は明らかにデートだ。
大きな池のある広い公園をのんびり歩いて、ベンチに座ったところで真弓は以前怜が言っていた“宝石みたいなチョコ”を怜にプレゼントした。

「先生。一緒に食べましょう?」

キラキラと輝く笑顔が、とても可愛らしいと真弓は思った。

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あきゅろす。
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