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Sakura tree

これは先生に言うべき事じゃないし、先生はいつだって優しく気にかけてくれていただけなのに。
泣きながら、わけがわからない事をあれこれ喋った。

「狭い世界だけで認められて、それを幸せだって満足してるのを端から見て惨めだって言って蔑むのは構わない」

なのに先生は、黙って耳を傾けてくれていた。

「だけど私は世間が言う“普通”って枠に押し込まれて、欲しくもなかった荷を負わされて、世間が自由で幸福だと称するものに殺されようとしてる!」

さようなら。

「私が“普通”じゃないせいだから、受けるべき仕打ちだと言われてもいい。けど現に、私は生きる意味を見失ってる…!」

終わりだ。

「……さようなら」

最初から、無かったものだ。
どうせ手に入らない。
望んではいけなかったものだ。

「さようなら。先生」





立ち上がって出ていこうとする怜の姿を見て、このままでは本当に怜が居なくなってしまうと真弓は思った。
真弓の前からだけではない。
この世から、怜という一つの個性、人格が消え、すべてがあのRekiになってしまう。
そう思ったら真弓はゾッとした。

「怜さん!」

だから引き止めずにいられなかったのに、何を、どう言えば助けられるのか。
己の無力さを知る。

「待ってください!」

いっそ重荷は全部捨てて、自分だけの為に。自分だけを見て生きてほしい。と、欲にまみれた事がよぎる。

「大丈夫。僕は……、ちゃんと怜さんを見ています!」

何故、こんな頼りない事しか言えないんだ。
自分がとても情けなくなる。

「怜さんの真実を。本当の怜さんを、僕はちゃんと見ています!」

どうか伝わってほしい。

「僕は貴方を失いたくない」

答えになっていないかもしれないけれど、慌てた脳ではこれを絞り出すので精一杯だった。


「ごめんなさい…っ」

怜は顔を覆って、ぐすぐすと泣いた。

「酷い事を言いました。ごめんなさい…っ」
「いいんです。謝らないで。悩んで当然の事ですし、芸能のお仕事を始めたら尚更でしょう。自分を責めないでくださいね?だって僕は、この為に居るんですから」

涙に濡れた顔で、怜はきょとんと真弓を見た。

「怜さんがすべて吐き出せる場所が、自分であった事がとても嬉しいんです。怜さんを支える役割を果たしているって事でしょう?」

そう言って、真弓はにっこりと笑った。





落ち着いてから帰宅すると、既に寝静まって家は暗かった。
飲み物を取りにダイニングの明かりをつけると、テーブルに置いてある雑誌が目に入った。
大きな文字の見出しに自分の所属する事務所名を見つけて足を止める。

『前社長、事務所の金を持ち逃げしていた!』

思わず雑誌を開き、記事を読んでいた。

数億も?
経営が危うくなるほど?
それで急きょ、今の若い社長がついた?

すべて初耳だ。

だから事務所はどんなやり方でも自分を獲得する必要があったのかとも一瞬よぎったが、怜一人スカウトしたところで数億の損失が何とかなるわけがない。
社長は“とにかく話題が欲しい”と言っていた。
怜で利益を得るのが目的というより、事務所はやはり壱織を重視していたんだと考えた方が無理がない。

壱織の家族の事を公表するのも手だが、まだタイミングじゃないと言っていた。
それは恐らく、大金を持ち逃げされて経営が危うくなり、ネガティブなイメージがあるところで公表するのはベストではないと考えたからか。

そこで、望が怜の事を気にして公表を避けてきたというのも思い出してピンとくる。
せっかく公表しても、家族にオネエが、同性愛者が居るとバレるとマイナスになるんじゃないか。
だから先にそれを潰しにかかったのかもしれない。

事務所は話題をつくり、正に株を上げる事に必死だったのかもしれない。

憶測でしかないが、こんな事情があったんなら、何故言ってくれなかったのか。
きちんと説明されたからって「はい。モデルやります」とはいかなかったけれど、家族の事を公表するのは構わないと言ったかもしれない。
それを事務所が危険だと判断したからこうなったのかもしれないが、何にせよ、騙された事にかわりない。

どうして、騙すような事をしたのか。
やっぱり家族への疑念は消えなかった。

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