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Sakura tree

怜がオネエである事への苛立ちや嫌悪感は消えたものの、弟としてみればやはり格好よくて注目される兄は自慢である。
本人が意識的に気にしないようにしてるのか、それとも鈍くて気付かないのかまではわからないが、この状況を皐は楽しんでいた。

怜が逆ナンされた時に居合わせた店員が怜を見て「あっ」という顔をしたのを見てこっそりと王子を窺うと、王子もそれを見ていたのだとわかった。
店内の客が好意的な視線を怜へ向けるのも心地よかった。

注文をとりに来た店員が、前回逆ナンされた時に助けを求めた女性だと気付いたらしい怜が、照れ臭そうにふっと笑って軽く会釈した。
焦った店員が赤面するのを見て、皐はまた王子とアイコンタクトをしてかすかに口の端を上げた。


「よぅ、怜!」

食事中に話し掛けてきたそのスーツ姿の男性に、王子は見覚えがあった。
ハッとして怜の様子を窺い、皐には目だけで「この人は敵だ」と訴えた。
すると皐はこの男に何かあるんだな、と気付いて男を見たし、その警戒感に満ちた視線を見た王子も伝える事に成功したのだとひとまず安堵した。

「響生…!何してんの」
「たまたまな。出ようとしたらお前が居たから。やっぱお前目立つな」

そう言って然り気無く座ってしまったから、王子は怜がどれだけ困るかと心配した。
が、以前見た反応とはまったく違っていた。

「ちょぉっ、ジャーマーだよ!何でムリヤリ横座んだよ。そっち座れ!だいたい仕事あんじゃねーのかよ」
「まぁいいじゃん」
「よくねぇーわ。早く帰れっ。そんで、くっつくんじゃねーよ!」

皐と王子は目を丸くして顔を見合った。
これは誰だ?
男を演じているカッコイイお兄ちゃんでも、当然素顔のオネエでもない。

「早く食えば?」
「言われなくても食うわ!」

王子は怜から聞いたことがない乱暴な言葉遣いに驚き、皐は昔の怜に抱いていた畏怖がよみがえって怯んだ。
怜が本気で苛立った瞬間は特にそうだ。
長い金髪に触れられた時、パシンッと手を払ったのだ。
そういった乱暴な仕草も怜には珍しかった。
なのに響生はわざとなのか、にこにこと楽しそうに構っている。

「美しさに磨きがかかったな。さすが王子様」
「誰が」

怜は長く重い息を吐き出して、前髪を雑にかきあげた。
皐と王子は、怜がいつキレてしまうかヒヤヒヤものだ。

「なら……お姫様?」
「……嫌みか?」

ゾクッとするような鋭い視線は、皐でさえ見た事がないものだった。
冗談だとおどけて謝られても、怜は返事もしなかった。


この険悪な空気を打破しようとしたのか、それとも単に皐達に聞かせたかったのかはわからない。
響生は余計な事に、中学時代の怜のことをあれこれ皐と王子に話し始めた。
怜はイライラと響生を睨む。

「そんで一回美術の先生に襲われかけた事あっ」
「ばっ…!シッ!」

咄嗟に黙らせようとしてももう遅い。

怯えてるどころではない皐は、ふつふつと沸き上がる怒りを出来るだけ抑え、ゆっくりと怜に問う。

「先生に……?何だって、怜ちゃん」
「いや、あの、違うの」

これが響生の計算なら、成功も成功。大成功だ。

「襲われかけたぁ?相手は男か!女か!」
「いやぁー!皆に言わないでぇ!ねっ?結果的にはなんにも無かったんだから」
「あってたまるか!」


皐とのわだかまりが無くなって怜が困った事といえば、パパ、望、悟に次いで皐までもが過保護になってしまった事だろう。

「お願い…!皆には黙ってて?未遂だったんだからぁ」
「未遂だったからって襲われた事実が無かったことにはならないだろ」

怒られるかもしれない、と先の事を想像した怜は今から泣きそうな声を出している。

「そのキャラ懐かしいな」

響生が何を指して言ったのかは言うまでもなく。
怜の目が鋭さを取り戻すのを見た皐はまた怖じ気づいた。

「キャラじゃねぇよ」

たまにおふざけで誇張して見せたオネエを、あの告白を経てもまだ響生は“キャラ”だと。
ふざけて演じた嘘だと言った。
どれほど時間が過ぎても、彼に本当の怜を見る事は出来ないのだと悟り、怜はこれから友人である事さえ難しいだろうと思った。
だからこの怒りは、本当の自分を理解してほしいという願いからくるものではなく、否定された事へのストレートな怒りだった。

なのに響生はまだ友人でならいられると思っているようで、こんな最悪な空気でも構わず携帯の番号を交換しようと提案した。
それには王子でさえ呆れた。
しかしさっさと帰ってほしい怜は最初からかけるつもりも出るつもりも無いので、交換するだけして終わらせた。

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