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Sakura tree

悟は薄暗い部屋で、フィルムが乗ったライトビュアーに照らされていた。
王子が訪ねると手を止めて、部屋を明るくして向き合った。

「どうした?」

王子は何か言いたげに、もじもじしている。

「あのね……?あの、怜ちゃんて、どんな子供だったの?」
「怜……?そうだな……」

悟は何故そんな事を聞くのかなど何も聞かずに、王子の質問に答えた。

「本当に小さい頃は、いつも後をちょこちょこ着いてきて……。今と変わらない、可愛い子だったよ」

中性的な容姿や華奢な体つきを理由にからかわれ、泣いて帰ってくる事も少なくなかった。
悟と望が訳を聞いても首を振るだけで、怜は両親や兄達に告げ口をする事は無く、大概悟と望が聞き回ってその理由を突き止めた。
そして怜を泣かせたヤツを密かに呼び出してキツく言い聞かせる。
口止めさえしておけば、鈍い怜は何も勘付く事はない。

「怜ちゃんらしいね」

話を聞いて、王子はくすりと笑った。
今も種明かしさえしなければきっと知らないままなのだろうと思うと可笑しかった。

「でも中学に入って……怜は、色々悩みが増えてきたんだ」

王子は、これだ!と思った。

「お兄ちゃんとのんちゃんは、それも助けてあげなかったの?」
「いや。それは俺達が助けてあげる事ではないと思ったから、怜が一人で解決するのを待ってた」
「一人で!?どうして?」

怜ちゃんがいじめられてるのに、中学生になったらもう一人で解決しろと突き放すなんてヒドイ!
と、王子は内心でショックを受け悲しくなった。

「俺も望も、勿論お父さん達も気付いてたけど、皆ただ黙って、答えが出るのを待ってたんだ」

悟の言う“悩み”が指している意味と食い違っているとはまるで気付かないまま、王子は悟にも相談出来ないかもしれないと不安になった。

「じゃあ例えば、怜ちゃんが今誰かにいじめられてたとしても、お兄ちゃん達は黙ってる?」

悟はそれを想像してみて、沸々と激しい怒りが湧いた。

「怜が……いじめ……?」

ゴゴゴ…と背景に炎が見えそうな凄まじい憤怒に怯え、これはまた違った意味で言えないと王子は思った。
小学生の頃なら子供のケンカで終わりそうだが、この様子では悟が何をするかわからないと不安にさせた。

共に怜を影で守っていた望も、表現は違えど恐らく同じ対応を見せるだろうと容易に想像出来る。

結局相談者を見付ける事が出来ないまま、王子は悟の部屋を後にした。





その日、怜は自室で時計を見て溜息をついた。
これから仕事だというのが憂鬱なのではない。
変質者は捕まったのだから、もう中学生に行く事も少なくなる。
元担任のマサちゃんが居る高校とは違い、理由も無く訪ねるわけにはいかず、もし行く機会があっても“その人”にお目にかかれるかはわからないのだ。

朝から校門に立ち、生徒達に挨拶をする“その人”に会ったのはたった一回で、それから一度も偶然は来てくれなかった。

マサちゃんに言われて“その人”の顔が浮かんでしまったのは、彼がまさに理想を象徴するような人だったからで、彼自身を好きなのではないと答えを見付けて納得した。
だから彼を見たいと思うのも、理想を鑑賞したいだけだと。
そう答えを出したら、彼を鑑賞出来ない事を素直に残念がる事も出来る。

響生の時とは違う。
好きになったんじゃないから、もしバレても言い訳が出来る。
そんな人じゃないと思ってるけど、もしまた気持ち悪いと罵倒されても弁解出来る。

情けない自己防衛だって構わなかった。
そう思い込んで、思い込もうとしている事さえ忘れて、やがて真実にすればいい。

私は誰も、好きにならない。





ここ数日元気がない怜を、店に来る客達は心配していた。
何だか落ち込んでるみたいだと耳にして駆けつけてはみても、空元気が痛々しく、一ファンには「何かあるなら相談してくれ」なんて差し出がましい事は言えず、心を痛めて見守る事しか出来ない。
いつもと同じくざわついているはずの店内も、心なしか沈んで見えた。

そんな状況を打破しようと立ち上がったのが、この店の常連で事態を聞きつけたOL、マキちゃんだった。
髪を巻いて、一見可愛らしい女の子にしか見えないこの人物は、本名を七生槙吾という。
まだ上も下も工事していない、れっきとした男性なのだ。
が、理解ある職場で女性として働いている。
そんなマキちゃんが怜と知り合ったのも、怜ファンの上司に連れられてきたこの店で怜を紹介されたからで、それから二人は店員と客という関係ではなく、友達としても仲良く付き合っている。

怜が何も相談してくれない事に拗ねながらも、マキちゃんは「はいはーい!」とはしゃいで手を上げた。

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