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Sakura tree
第四話 恩師はそれを知っている
皐に話すと約束をした時は嘘じゃなかった。
それを今更渋っているのは、話すべき過去を振り返って怖じ気づいてしまったからだ。
いざとなったら心の準備が出来ていないのはこちらも同じで、約束をうやむやにしようと軽くあしらっているととられても強く反論は出来ない。
それなのに皐は責めもせず、胸の内で密かに話してくれる事を期待するだけで居てくれる。

何から話し出すべきか。
思い出してぐるぐると考えて、整理してまとまった時が言うべき時なんだろうと思う。
けれど今は、仕事を言い訳にそれも先送りに出来ていた。


ガラガラとドアが開いて、既にアルコールの入った年配のサラリーマンが二人、店に入ってきた。

「怜ちゃーん。来たよー!」
「おっ。今日も姫は可愛いねぇ」

いつの間にか呼び名の一つになってしまった『怜姫』
レキとレイヒメで読み方は違うけれど、果たして偶然の一致なのか。
初めに誰が言い出したのかもわからないが、もう慣れてしまった。

「姫も呑みなよぉ」

ちょっとくらい、一杯、と座敷の方からビールをすすめる声があがったが、それを止めたのは他の常連さん達だった。

「ダーメだよ!怜ちゃんは。ねぇ?旦那さん」

苦笑して頷く店の主人を見て、別な客が何故かと尋ねた。

「だって……なぁ?」
「怜ちゃんは、ほら……とんでもなく酒弱いから……。なぁ?」
「酔うと何て言うか……危ないんだ」

大人達がひきつった愛想笑いを漏らすくらい、そんなに酒癖が悪いのかと誤解を与える会話だ。
実際酒癖が悪いかと言えば強く否定は出来ないし、周りにも迷惑をかけるのには違いなかった。
本人に自覚が無いから、怜の前でそれが“どういった”酒癖なのかをはっきり言う事が出来ず、知る者はただ必死に「察せ!」と念じるしかなかった。


「ごめんなさい。家族に厳しく止められてて……」

申し訳なくて手を合わせると、彼らはぶんぶんと首を振った。

「いいんだ、いいんだ!怜ちゃんはそれでいいんだよ」
「姫はシラフでも十分可愛いんだから!呑んだりしたら周りがもたな……」
「しっ!」

やっぱり呑んだら多大な迷惑をかけるのね!とショックを受けたのは、大した量でなくともあっさり記憶を失うせいだった。

またガラリとドアが開き、いらっしゃいませ!と言って笑顔が凍り付く。

「よっ!怜。遊びに来たぞ」

桜木怜と認識して話し掛けている……割には一切の動揺が見えないのが不思議だ。
急激に冷えていく指先が震え、トレイがするりと転げ落ちた。


「いーやー!まままま、マサちゃん…!?何故そんなに冷静に見つめられるの!?ってサラリと座るー!」

激しく狼狽するのは自分だけだ。

「本当に来ちゃった…!どうしようどうしようどうしようー!」

お客さん達になだめられ、カウンターに座るマサちゃんへ恐る恐る目をやる。

「どうってお前、来るっつったろうが」
「いやいやいや!そうだけど……そこじゃなくって!」
「アホか。大人をナメんな。お前が“ソッチ”だって事ァむかぁ〜しむかぁ〜しに気付いてたよ。にっぶい怜ちゃん」

本日は畳み掛ける様にショッキングな情報が脳に突き刺さる。

「それにしても、やっぱお前キレーだなぁ。感心するわ」

そんな事はどうでもいい。
何も無かった様に会話を続けられる精神的な強さが私には無い。

「マサちゃんに褒められても何も嬉しくないわ……。一体どんな顔をすれば……」
「何?怜ちゃんの元カレかぁ?」

お客さんに聞かれて中学時代の元担任だと訂正したら、そりゃあ気まずいわな、と同情してくれた。
味方だと思ったのはその一瞬だけで、中学生の姫はどんな子だったのかと余計な事を聞き出そうとしている。

「いやぁ、怜は一匹狼タイプで」
「コラそこ!得意気に語り始めるな!」

いつまでもそばで監視していられないのをいいことに、コソコソと集まって聞き出そうとする常連チーム。
気にしてばかりいたら失敗しそうだから仕事に集中するしかないが、時折わあっと盛り上がると一体何を話しているのかヒヤヒヤする。

マサちゃんにはバレてたみたいだけれど、特に変わった生徒ではなかったように思う。
ただちょっとイライラして刺々しかっただけで、周りも自分も互いに距離を置いて過ごしていた。それだけだ。
オネエキャラが知られていた高校時代と違って、中学ではバレないように必死だったから。

和を乱し、空気を悪くする迷惑なヤツで成功だった。
世間が言う“普通の”男と思わせられたんだから。

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あきゅろす。
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