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Sakura tree

空の器を手に戻ってきた望は、大丈夫だと安心させる様に笑ってみせた。
それでホッとして、ママも安堵の笑みを浮かべた。


王子と皐の迎えに行く怜はふんわりと笑って、ママと望に手を振った。
いってらっしゃい。とにこやかに手を振り返し、玄関のドアが閉まるのを聞いてから、ママは深く息を吐いた。

「やっぱりママは、可愛い怜ちゃんが好きね。だってあれが“いつもの”怜ちゃんだもの」
「そうだね。途中でちょっと拗ねたけど、本当はずっと小さい頃から『可愛い可愛い怜ちゃん』だった」

悟も望も、どうして怜ばかり可愛がるのだ、と弟に嫉妬した事は無い。
だから両親が言う『可愛い可愛い怜ちゃん』と可愛がる言葉を二人が口にする時も、愛情を持ってからかう事はあっても、傷付ける目的で皮肉って言った事は無い。

「さっちゃん」「のんちゃん」と言って後を着いてくる怜を鬱陶しく思うどころか、二人はいつも振り返って、怜の両手を握ってやった。
怜は桜木家で、お姫様の様に大事に可愛がられて育ってきたのだ。
次は女の子だと信じ、女の子用に『怜姫』と名前まで決めていたパパは、未だに怜を我が家のお姫様と呼ぶ。
それは怜の性質によるものではなく、桜木家での立場や扱いからくるものだ。

「自然な怜ちゃんの方が生き生きしてて、可愛いのよねぇ。なのに、やっぱり世間はカッコイイ方が好きなのかしら……?」

今度は重い溜息を吐いて、頬に手を当てた。
望は少し考えて、硬く厳しい声で言った。

「仕方ないよ。男の怜の方が、需要が大きいんだ」

ママは、でも……と暗い声で廊下を見た。

「それで本当に、怜ちゃんの為になるのかしらねぇ……」

怜の為になると思って、家族は『それ』を承諾したのだ。
やがて来る『それ』が、怜を幸せにしてくれると願って。





気持ちを整理して持ち直したとはいえ、足を開いて歩幅を大きくして歩いている自分に嫌気が差す。
また嫌な考えに捕われない内に吹っ切って王子の方から迎えに行くと、同級生でお隣の佐倉さんちの末っ子、茜[セン]と校門で待っていた。

「あっ、怜ちゃん。茜も一緒に帰るってぇ」
「怜ちゃーん!」

二人とも駆け寄ってきてぱふっと突っ込んで、キラキラと可愛らしい笑顔で見上げる。
しかし茜はすぐに表情を曇らせ、チラッと王子を見て肘で突っついた。

「ん?何?」

茜はむぅっと口を尖らせた。

「怜ちゃんじゃなーい」
「え?」
「皆、怜ちゃんの事カッコイイお兄ちゃんだって言うんだよ?怜ちゃんはキレイで可愛いのが怜ちゃんなのにさぁ」

王子は気を使って、カッコよくないって言ってるんじゃないんだよ!と慌ててフォローした。
それが王子らしくて可笑しかったのと、大丈夫だよという意味で笑いかけた。

茜がやっと幼稚園に入った頃には既に高校でオネエキャラが定着していた。
だから茜には男仕様の方が違和感があるようだ。

「僕はカッコイイ怜ちゃんも好きだけど、そんな怜ちゃんは普通じゃないって茜が言うから、反省したんだ……。僕、怜ちゃんのことちゃんとわかってなかった……」

嬉しくて、二人をぎゅうっと抱き締めた。

「帰ろっか」


ただでさえ人目を引く怜の横に王子が並ぶと更に注目されて、茜は恥ずかしくなった。
幾つも年が上の高校生達が通り過ぎる度にじろじろ見ては、笑いながらこそこそと囁き合っている。

皐が来てくれて、茜はこれで帰れるとホッとした。





帰り際、皐の友人達は恐る恐る怜に手を振った。

「お兄さん、さようなら」

言ったのは男子生徒達で、女の子はその後ろに隠れて控えめに手を振るだけだった。

これは一体……?
驚いて思わず皐に目で問うと、顔を寄せてこそっと教えてくれた。

「怜ちゃんの事、綺麗だって。怜ちゃんって男仕様でも男にモテるんだね?」

絶句だ。
嫌みっぽくなく、素直に感心したという皐の言い方にも尚更驚いた。
以前なら嫌悪感を滲ませて刺々しいセリフをぶつけてきたのに、短い期間で随分変わったものだと思うと笑えてきた。

ふっと吹き出すと、何か可笑しかったかと不安になった生徒達はそわそわと互いに顔を見合わせた。

「ばいばい。またね」


今度は彼らが怜に驚かされる番だった。

男だというのに華奢で綺麗な怜の姿には、同性でも自然と目を奪われる。
周囲に漂う硬質な空気が彼に安易に近付けなくしていて、まるで別世界の人間だと思わせられた。
接点の無い自分達など、これっぽっちの興味も持ってもらえない様な相手だ、と。

だから目が合うだけで喜んだ。
こんな人の関心が少しでも寄せられたら……と、憧れか好意か知れない思いで一心に関心を引きたくもなった。
その怜の浮かべた不意の笑みはふわりと可愛らしく、また彼らの興味を煽った。

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あきゅろす。
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