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Sakura tree

今朝からずっと恐がらせていたのとは違う。
他に理由があるのだろうが、見つけてあげられない。

「言いたい事があるなら、聞くけど?」

違う?と目で問う。と、こくりと小さく首を動かした。

「怜ちゃん……」

沈んだ声、表情。

「怜ちゃんはさ……」

すっと上げた顔は、覚悟を決めた顔をしていた。

「昔、何があったの?」

まさかこのタイミングで聞かれるとは思ってなくて、咄嗟に返事が出なかった。
だからどうしてそう思ったのかを聞いたのは逃げるためかもしれないし、実際そう映ったかもしれない。

「だって……知らない事が多すぎる。怜ちゃんが時々悲しい顔をする理由とか、今すごく自然に見えるのに、それを怜ちゃんが何で不自然だと思うのかとか…っ」

言葉が出ない。
何て答えたらいいかわからないから、ありがとうの気持ちを込めて抱き締めた。
女の子達の甲高い悲鳴で、そういえば観客が居たんだと思い出した。

皐の背中をぽんぽんと叩いて離れる。

「帰ったら、話そう」

不思議と、心は穏やかだった。
これが皐の不安を取り去るものだとわかっているからだろう。

「皐の為なら苦じゃないよ。だからそんな悪い事をしたみたいな顔するな」

ふっと小さく吹き出して言うと、皐は拗ねながら頷いた。

学校ではクールなキャラで通っている皐の弟らしく甘えた一面を垣間見た観客は目を丸くして顔を見合わせたり、声を抑えて興奮気味に囁き合っていた。





望は、ママが出してくれた頂き物の桃をダイニングで食べていた。
ママは帰ってきたら怜にも出してあげようと桃をむきながら望と話していたのだが、ちょうどそこに怜が帰ってきて、声を掛けようと顔を上げた。
口を開いたけれど、怜の沈んだ横顔を見たら、廊下を通り過ぎるのを見ているしかなかった。

何があったのかしら?と心配になって、望とふと顔を見合わせた。
望は力強く頷いただけでその事には触れなかったが、ママが怜の分の桃をむき終えるのを待った。

親子だから、ママには望が何をしようとしているのか解った。





疲労感で体が重く感じるのは、精神をすり減らしたからだろう。
階段を上る足取りも重い。

部屋に入り、毛足の長い真っ白のカーペットへごろりと横になり、きゅうっと手足を引き寄せて丸くなった。
はぁっ、と重い息が漏れる。

「疲れた……」

ひどく窮屈で、この閉塞感がとても息苦しい。
必要性があるから。期待されているから。
だから納得してやっているのに、やっぱりぐるぐると雁字搦めにされている様な居心地の悪さは相変わらずだ。
毎日毎日、休み無く抑圧されていた頃とは違っても、それでもこの“他人の為の自分”で居るのは苦痛だ。


ノックに答える気力が無くて放っておいたら、入るぞ、と一言断ってのんちゃんが入ってきた。
ゆっくり視線を動かして、黙って座ったのんちゃんを見上げる。

伸びてきた手が、目にかかった前髪を横に流して優しく撫でる。

「自分らしい自分で居る事が、自分勝手で我儘だって言うなら……。私は……何なの……?」

男のくせに、女っぽい方が好きだって言うのはおかしいと言われた事がある。
周りに迷惑をかけて、変わり者と見られてまでどうして?
どうして、わざわざそうしたいって言うんだ、と。

私が我儘で、他人に迷惑をかけてまで我を通してる厄介者だと。そう言っていた。
それが真実なら、私は、私じゃない私で生きればいいっていうの?
それが正しいのなら、私が生きてる意味ってあるの?
私じゃない私なら、私が生きてなくたって一緒でしょ?
代わりにそっくりな人形でも置いておけばいい。
どうぞ、正しい姿を投影して。それで満足するのなら。

正義を押し付けて正そうとしている人達が望んでいるのは、つまり私に消えろと言っているのと一緒だ。

私は、他人の抱く正しさの為に生きてるんじゃない。
誰かの評価の為に生きてるんじゃないし、その為に自分を殺すほど従順でもない。
私は、私の為の私で生きる。

例えどんな批判をしたって、それは私を完全に殺す事は出来ない。


気持ちを整理して落ち着かせるまで、のんちゃんはただ頭を撫でてそこに居てくれた。
再び目が合うと手を引っ込めて、桃を口に運んでくれた。

あ、と甘えて口を開けて、食べさせてもらう。

「おいし?」

それが素直に優しい口調だったから、こちらも素直に頷けた。

「おいひぃ」
「よしよし」

子供扱いするな、と手をはね除けて、反発したくはならなかった。
お兄ちゃんらしい大きな愛情が感じられたから。それがとても心地よかった。

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あきゅろす。
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