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Sakura tree

嬉しそうな声色が憎たらしいと思ったのは一瞬だった。
望からゆっくりと顔を離し、自分の部屋に知らぬ間に他人が招かれている事を確認して凍りつく。

「れ、怜ちゃん。僕、止めたんだけど……」

心配そうに見上げる王子が視界に入る。と、耐えきれずに王子に抱きついた。

「王子ー!ひどいっ!のんちゃんがいじめるぅー!」
「よしよし」
「うぅ……。優しいのは王子だけよぉ」

背中をさすって慰めてくれる王子越しに見覚えのある人物と目があった。

望は目を丸くして言葉を失っている男性マネージャー陣を見て、成功と言わんばかりに笑っている。

「おはよう。怜君」
「『君』はやめてって言ってるでしょ!」
「早速だけど怜君、やっぱり芸能界には興味無いの?もったいなさ過ぎるわよ〜。絶対悪いようにはしないからぁ」

矢嶋マネージャーは昔から会うとこうなのだ。
とりあえず、とひとまず諦めた矢嶋マネージャーは余程驚いたらしい男性陣を紹介した。





着替えるからと部屋を追い出された面々だが、矢嶋マネージャーはまだ粘る気でリビングで待機していた。
望は高校生の頃にスカウトされ、同時期に怜も口説かれだしたから、随分長いこと粘っている事になる。
それだけの価値があるという事なのだろうが、怜にはそんな事は関係ない。
有名になりたい欲求は無いし、特にモテたいという欲求もなく、お金持ちになりたいとも思ってない。
せっかく今、理解のある職場に居られるのだから、それで十分満足しているのだ。

しかし、さすが桜木家と言うべきか。矢嶋マネージャーがこだわるだけあると言うべきか。
同じ男に「綺麗」という感想を抱くとは。
この業界に居れば容姿の整った人間なんて腐るほど居る。
しかし、雨崎が男に対して綺麗だと思ったのはこれが初めてだった。

今は一般人に過ぎない。
けれど、もしこの人がこの世界に足を踏み入れれば……。
どんな化け方をするだろう。
それはきっと素晴らしいものになる。

スカウトマンではない雨崎でも、そう楽しみに思わせる何かを怜から感じた。
壱織を見つけ出した矢嶋がこれほどこだわり続けるのも納得出来る。


もう帰ったと思ったマネージャー陣を見た怜は、リビングに入るなり脱力して項垂れた。

「な〜に〜?まぁだ居るの〜?」

すぐに仕事に行ける格好で、高い位置でポニーテールにした髪が揺れる。

「何年経っても、私は諦めませんからね!上からもゴーサインは出てるんだから!」
「捕獲命令!?イヤッ!貴方達、私が年老いるまで続ける気!?」
「捕獲じゃなくて、獲得ね」

ソファーに深く座り、望は冷静に訂正した。

「一緒よ!大体、のんちゃんは私が芸能界に入ってもいいの!?」

家族の事は伏せているし、困るのはそっちだと思い期待して聞いたのだが、望はあっさりイエスの方向だ。

「だって内緒にすりゃいいだろ?兄弟だってバレたらバレたで話題になるし、どっちにしろ事務所にとっては利益なんだろうさ」

唖然として矢嶋マネージャーに目をやると、満足そうな笑みをたたえて頷いている。

「ちょ…っ、待ってよ……。だって、のんちゃんは……」
「ミステリアスな壱織のキャラが崩れるけどなぁ」
「そう!それぇ!私のせいでのんちゃんの人気が下がったら…!どうするの!?いいや、絶対下がるに決まってる!利益になんて絶対ならない!そもそも私なんて売れるわけないし、リスクしかないのに!」

半ばパニックで頭を抱える怜が心配で、王子は望の腕を掴み何とかして、という思いで揺すった。

「私とのんちゃんが兄弟だってバレるって事は、家族の事だってバレちゃうって事でしょ!?皆にだって迷惑かけるし…っ。だからイヤなのにぃ…!」
「怜っ!」

望の怒声にビクリと肩が跳ねる。

「俺も兄貴も、もうそろそろ限界だってわかってるんだよ。いつまでも秘密のままでは居られない。時間の問題だろうって」

望は静かに息を吐き出すと、優しい声色と仕草で怜に手を差し出した。

「おいで」

言われるままおとなしく手を引かれ、望の隣におさまる。

「俺達は、この業界に入れば幸せになれるって言ってるんじゃない。利益の為に犠牲になれとも言わない。ただ、怜にはそれだけの力があるって事務所も評価してくれてるんだよ」

ちら、とマネージャーさん達を見ると、それぞれ力強く頷いた。

「怜は人目に晒される事を嫌うだろうって十分わかってる。けど、俺はね、怜」

ふと間が訪れ、恐る恐るのんちゃんの顔を見ると、そこには真っ直ぐに注がれる強い視線があった。

「怜にはもっと、自分に自信を持ってほしいと思う」

真剣な顔はふっと優しく微笑み、強張った心を甘えさせる。

「うちの可愛い可愛い怜ちゃんだからな」

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あきゅろす。
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