[携帯モード] [URL送信]

Sakura tree

家族の名前に頼らない。
壱織はそれがモットーだから、家族の事は明かさない。
これがこれから自分が守るべき秘密なのだと、雨崎は覚悟した。
が、ここでまた一つ。その秘密が増える事になる。


兄弟が居ると聞いていたから、その内の誰かが帰宅したのだろうと雨崎は思った。
そして壱織が兄貴と呼ぶのを聞き「やはり」と。

「今日は兄貴じゃなかったの?王子の迎え」
「俺はまたすぐ出るから、帰りに寄ってくれるように皐に頼んだ」
「何だ、そっか。あ、俺マネージャー変わるんだ。一応挨拶しといた方がいいよな」

そうして知る事実。
小説家。元モデルに続き、今度はカメラマンだ。

悟は元はアーティストとしての写真家なのだが、それが評価され、今では雑誌や広告、芸能人の写真集等と広く活躍している。
現場で合う事も大いに考えられるため、いざという時のために知っておかなければならない。

雨崎は焦って立ち上がり、悟と挨拶しあう。

向かい合うだけで威圧感を与える悟と、居るだけで華やかな望が並んで立つと迫力が倍増する。
あの両親なら、なるほど……と頷きかけて、それだけではきっとないと考えを改めた。
才能を活かすも殺すも自分次第なのだし、親の血だと言われるのが彼らにとって一番悔しい事だろう。


悟が出掛けるとまもなく皐と王子が帰宅し、再びの挨拶合戦が始まった。
矢嶋マネージャーは王子を見るなり、綺麗な子ね!と目を輝かせた。

「芸能界に興味ない?埋もれさせておくにはもったいない素材だわ!」

矢嶋はその眼鏡にかなう人材を見つけると、とにかく声をかけずにいられない人だ。
雨崎達は焦って止め、怯える王子とかわりに拒否する望に何度も頭を下げた。

隙あらばスカウトしかねない様子なので、雨崎は興味をそらそうと別な話題を探しだした。
そして出てきたのが、初めに王子が来た時に抱いた疑問と同じものだった。

「もう一人のご兄弟は、今どちらにいらっしゃるんですか?」

雨崎がそれがマズかったと思ったのは、先輩に肘で脇腹を突かれたからだ。
そして皐と王子は「どうするの?」と答えを求めてさっと望の顔を見た。
が、その表情はまたよからぬ事を企んでニヤリと悪そうに笑んだ。

「見に行く?」
「ダメだよ!」

そう言い出すと察知して、遮るように声をあげたのは王子だった。

「怜ちゃん、きっとまだ寝てるんだから!」

両手を広げて懸命に訴えるが、望は軽く笑ってマネージャー陣を手招きした。

「大丈夫、大丈夫。絶対面白いって」
「ダーメー!怜ちゃん怒るよっ。ねぇ、皐ちゃんも止めて!」

味方を増やそうと制服を引っ張って頼んでみたものの、その返事は王子の期待を裏切るものだった。

「まぁ、怜ちゃんを知ってもらうには手っ取り早いんじゃない?……と、俺は思うけど……」
「さっすが!わかってるなぁ!」

二人が言った通り、王子も同じ手法で怜のキャラクターを把握したわけだが、王子には怜の心情を無視したこのやり方が乱暴に感じられて好きじゃなかった。

ひどい……とショックを受ける王子をおいて、事態はさっさと進行していく。
慌てて後を追いかけるが、止めるのを聞かずに遂に怜の部屋へと突入してしまった。


「れーいちゃーん!ほーら、起っきてー!」

スパン!と勢いよくドアを開けると、黒いテーブルの先に白い膨らみが見えた。

雨崎は不安なまま先輩に「いいんですか?」と尋ねたが、先輩も首を捻っている。
しかし矢嶋マネージャーはキラキラと目を輝かせていて、彼もまた放っておけぬ素材なのだろうな、と雨崎は納得して彼女の後に従った。


薄いブランケットに包まれて横たわる肢体はほっそりとしていて、長い金髪がシーツに流れている。
近くで名前を叫ばれると、鼻に抜ける甘えた声が「いや」と訴える。

雨崎は先輩と顔を見合せ、目だけで「男だよな?」「男ですよね?」と会話した。

「怜!会わせたい人が居るから!そろそろ起きないと、お兄ちゃんイタズラしちゃうぞ」
「うっ…………」
「ん?」

望の後ろで雨崎はまた横目でチラッと先輩と視線を合わせ、うごめく白い物体へ戻す。
その瞬間、白く細い腕でブランケットはバサッと払い除けられ、そこから現れた男前は兄の胸ぐらを掴んでいた。

「……っるせぇわ!耳元でいちいち叫ぶんじゃねぇ!こっちは夜中まで仕事して疲れてんだよ!寝たの朝方なんだよ!迷惑な起こし方すんじゃねぇ!!」

すごい剣幕で怒鳴られた望だが、にっこりと微笑んでもう一度名前を呼んだ。

「あ゛?」

面倒臭そうに、イライラと長い髪をかきあげる。

「会わせたい人が居るって言ったでしょー?」

[*前へ][次へ#]

14/63ページ

[戻る]


あきゅろす。
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!