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Sakura tree
第二話 サラブレッドの虜
モデル・壱織には完ぺきで隙の無いイメージがあり、それは理知的な印象とストイックな一面から発せられるものだ。
あながち単なるイメージに過ぎないと切り捨てる事も出来ない。壱織の持つ顔の一つである。

爽やかな笑顔を浮かべる気さくな青年という意外な素顔も、壱織の持つ顔の一つ。
そして彼が家に帰れば、それはもうモデルの壱織ではなく、桜木望という一人の青年になる。
家族が普段の望から壱織が想像出来ないように、壱織を知る者もまた然り。

どの顔を作ってるとか、どれが偽物だとかじゃない。
どれもが望から発せられるものであって、それぞれが真実で、魅力なのだ。
しかし好みとなると話は別だ。
世の中では望を「壱織」として認識する数の方が圧倒的に多く、その誰もが「壱織」という側面を好む。
プライベートの「望」は時に「壱織」のイメージを裏切る。
それを承知している望は、本名を非公表にしている。
それは、親の名前を借りずに自分の力で頑張りたいという望の意向もあったからだ。
家族の事は、事務所内でも知る者は数えるほどしか居ないと言われている。
だから自宅に事務所のスタッフを招くのは珍しかったし、望自身避けてきた事だ。
この日それが例外だったのは、壱織担当のマネージャーが変わるからだった。


現在の男性マネージャーは二人目で、最初の矢嶋マネージャーとはデビュー前から顔見知りだった。
芸能界に興味は無いかと望を熱心に口説いた女性だ。
その二名と共に桜木家へ向かう事になったのが、今回新しく担当する事になったマネージャー。
まだ若いのに壱織の担当を任せられたのは、それだけ彼が評価、信頼されているからだ。

「雨崎君は冷静な人だから、きっと大丈夫だと思うけどねぇ……」
「俺も最初は慣れるのに苦労したけど、雨崎なら……」

そう言って視線を合わせる二人の言動で雨崎は不安になった。
そもそも初めの挨拶とはいえ、何故付き添いが二人も必要なのか。
そして何故自宅なのか。
その謎は、彼らを出迎えた夫婦によって明かされる。


単なる引き継ぎの一環だから肩の力を抜け、と言われ。
けれど壱織のマネージャーになるならこれは知っておかなければならない重要事項だ、とプレッシャーをかけられる。
二人の先輩方の緊張を見て、雨崎はどんな秘密が隠されているのだとぐるぐる考えていた。
何せ事務所でもごく少数しか知らされていないのだ。

その豪邸の前に立って、そこで初めて雨崎は壱織の苗字を知った。
へぇ。桜木っていうんですね。なんて会話を楽しむ雰囲気では当然なく、硬い声と動きでインターホンに向かって挨拶をする先輩の背中を見る。

庭を通り、先輩方から先に玄関へ入っていく。
いらっしゃい、という穏やかな声の主をはっきり捉える間も無く挨拶をし、顔を上げると雨崎はその人物に既視感を覚えた。
自分の記憶を辿って一致した人物が目の前で、壱織のお父様だと紹介されている。

「お父様って……あの、作家の…!?」

桜木一栄といえば、学生時代に賞をとって小説家デビューし注目を浴びた人物だ。
若くして、という面でもだが、そのビジュアルも話題になった。
それからメディアに露出するようになり、まもなく年上のモデルと結婚。
現在でも人気の小説家である。

まさか壱織さんのお父様が……と雨崎が言葉を失っているところに現れた奥様に興奮したのは男性陣ではなく、矢嶋マネージャーだった。
互いに挨拶をした後、奥様について熱弁しだす。

「まだ私が入社したての新人の頃に奥様が活躍なさっていて、私はいつか憧れの李姫さんのマネージャーになれたら……と思ってたのよ!」

奥様もウチの事務所に?と隣の先輩にこそっと確認し、その繋がりで壱織さんと面識があったのだと納得した。

「ちなみに李姫さんっていうのはね?本名の杏子の杏の字の木と、子を合わせて李なの!当時の社長が名付け親でね」

せっかくだが話が長くなりそうなので先輩が強引に遮り、やっとリビングにお邪魔できた。


ソファーに座って待っていると、呼ばれて二階から壱織さんが下りてきた。

「うわ、お揃いだね」

そう言って少しおどけて笑顔を見せた。

「別にいいのに、わざわざ来なくたって。口で言っても同じでしょ」
「同じじゃないから来てるのっ。実際にご両親にお会いする事でよりこの重要性が実感出来るんじゃない」

はいはい、と手を振る青年はとても自然体で、雨崎が知る壱織とはイメージが違っていた。
面食らって先輩とチラッと視線を合わせて、先輩達はこれが見せたかったのかもしれないと悟る。
一人の、桜木望という青年を。

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あきゅろす。
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