Sakura tree
11
皐はうろうろと目を泳がせ、そして首をひねった。
「ずっと気になってて、知りたかったはずなのに……。何か……まだ、覚悟が……」
「ならいいよ。皐の聞きたい時に聞いてきな」
「本当に、いいの……?」
確かに触れてこなかったけれど、そんなに信じられない事なのか。
「そのかわり、聞いた事は誰にも言っちゃダメだからな」
皐はこくこくと何度も頷いて、「でもさ」と眉を寄せた。
「それってつまり……怜ちゃんが荒れてた頃の話でもあるけど、オネエになるまでの話でもあるよね?」
「お?気付いた?っていうか、それが原因なんだけどねぇ〜」
「え!?どういう事!?」
ふふん、と笑って立ち上がり、さっさと部屋を出ようとする背に、聞くのを躊躇ったはずの皐は食い下がった。
「ちょっと、怜ちゃん!やっぱり気になる!」
部屋で響いた「教えてくれるって言ったじゃーん!」という皐の叫びは、聞こえなかった事にされた。
夕食の席は、長方形のテーブルの狭い位置に家長が座る。
そこから左側に悟、望、怜の順で座り、右側にはママと皐、王子が座る。
「あのさぁ、王子……」
困って思わず皆と目を合わせる。
「うん。そうだな。それは言っていいと俺も思う」
のんちゃんが許可を出してくれたから、思いきって言う。
「その……、食べるとこまで見られてたら、食べづらいよ……」
べたべた絡み付いて話すのは女友達で慣れてるけど、さすがに黙ってじっと観察されるのは慣れない。
「食事中にストレスを感じると栄養にならない、って聞いた事があるけど」
嫌味ともとれる豆知識は皐にとっては優しさで、やめさせようとしただけなのだが、ママが名前を呼んで制する。
「だって、今日で終わりなんでしょ?」
王子様怜ちゃんか、と王子の言葉を補足したのはのんちゃんだ。
「いや、まぁそうだけど……」
やっぱり、ねだられてこれからもやる羽目になりそうだ。
そんな嫌な予感がする。
しかしそこで、悟兄が助けてくれた。
「怜が別人になる訳じゃないだろう。格好や仕草や言葉遣いなんて、上辺のものだと俺は思う」
「そうだね。パパもママも、怜ちゃん自身は何も変わってないと思ったから、上辺が変わっても納得出来たんだよ」
そう言ってパパは「ね?」とママと顔を見合わせて頷いた。
王子は難しい顔で考えた後、そっかぁ……と小さく呟いた。
「いつもの怜ちゃんはキレイだから忘れてるけど、本当はお兄ちゃんだもんね?いつでもカッコイイ怜ちゃんなんだ」
納得してくれてよかったし、ほめられて嬉しいけど……。
いつでものんちゃんが言うところの「王子様」を求められているというプレッシャーからは逃れられないようだ。
それでも「上辺」がその期待から外れただけで、随分と楽になった。
寝る間際になって部屋をノックしたのは、王子じゃなくて皐だった。
「あ。質問しに来た?」
含み笑いで言ったら、そんな冗談を言う様な雰囲気ではなく、気まずそうにして立っていた。
「いや……。俺も、怜ちゃんの上辺だけ見て、それに左右されてたかもな、って思って……」
それで、中身まで変わってしまったように思っていたのだ。
「そうかもしれないけど、原因は私だし……。実際、皐ちゃんにも悪い事したと思ってるから……」
皐ちゃんはただ、不安定だった自分に振り回されただけだ。
皐は何か吹っ切れた様に笑った。
「俺が本当に聞きたいと思った時は、ちゃんと何でも話してよね?」
「いいわよー?ただ、関係ないって判断したら言いませんけどね?」
「あっ。まーた結局は秘密主義なんだからなー、怜ちゃんは」
刺々しかった空気が抜けて、皐ちゃんとの関係が少し、改善の方向へ進み始めたのだと思う。
これも恐らく、王子が居なかったらずっとそのままになっていたかもしれない。
寂しい時間を沢山過ごしてきた王子の為に、今度は私が出来る事を頑張らなきゃならない。
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