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Sakura tree

しかし、これがもし王子に男仕様怜ちゃんを見せる企みならば、それに乗らねばなるまい。
その為には最後まで決してボロを出してはならない。

チャイムが鳴ると、途端にあちこちの教室で騒がしくなった。
先生が王子を呼ぶと、生徒達の視線も一緒に集まってしまう。

「怜ちゃん!?」

王子は大きな目を更に丸くして、ぱたぱたとかけよってきた。

「よぅ」
「怜ちゃん、どうしたの?」

今度は何故ここに居るかではなくて、何故こんな格好をしているのかという驚きに聞こえた。
しかしそこは無視して。

「忘れ物。体操着、届けに来た」

手渡すと王子は、じぃっと観察する様に見上げて、にこっと微笑んだ。

「うわぁ!お兄さんダーレー!?」
「王子君ちのお兄さーん!?」
「すーげー!ビジュアル系のバンドの人みたい!お兄ちゃんってそうなの?バンドの人?バンドやってんの?」

群がってくる男子達。
そしてそれを制する女子。

「ちょおっと男子ぃー!うーるさぁーい!」
「静かにしてよ!」
「名前なんていうんですかぁ?何歳ですかぁ?」

気付いた他のクラスの生徒達まで出てきて、すごい騒ぎになってしまった。

「わぁ……」

先生!何とかして!

助けを求めて見ても、生徒達を軽くいさめるだけで、助け出してはくれないようだ。

「王子、ごめん。騒がせちゃって」
「ううん。ありがとう、怜ちゃん」

でもまぁ。王子が嬉しそうだったからよしとしよう。
子供達を掻き分け、ばいばいと手を振ると、友達に囲まれた王子が手を振っていた。

先生達は追おうとする生徒を止める役にまわり、一階に下りてくるとやっと一人になれた。


「すごい騒ぎですね」

安堵の溜息を吐いたところで声を掛けられて、どきりと心臓が跳ねた。

「すっ、すいません……」

振り返ると、白衣を着た長身の男性が立っていた。
やわらかい雰囲気のある人で、笑顔もふわりと温かい。

「話題の、桜間王子君のお兄さんですか?」
「お騒がせして、すいません」

申し訳なくて謝ると、先生は手を上げて否定した。

「いえ、そうじゃなくて。カッコイイお兄さんが来たって先生達まで言っていたので。でも、本当ですね」
「あ、いや。全然。とんでもないです」

それはこっちの台詞だ。

さらりと揺れてつやめく黒髪は癖毛なのか、長めの前髪は横に流れる。
後ろ髪は正面からもわかるほどの長さで、ゆるくウェーブして首の後ろを覆う。
高い鼻梁はすっと通って、緩やかなカーブを描く眉も目許も優しい印象だ。
形のいい唇で微笑を作り、輪郭はシャープでもしっかりと男らしい骨格をしている。

その容姿や纏う雰囲気は野性的とも華やかとも違い、ぱっと見は地味に映ってしまいそうだが、知的で優しそうな印象の人物だ。

「よかったら、ちょっと保健室に寄っていきませんか?お茶、出しますので」

理科の先生かと思ったら、保健室の先生だったようだ。
それでこのふんわりと包む様な優しい空気に納得出来る。

「え、や、でも……」
「何かご予定が……?」
「いえ、無いですけど……」

答えてしまってから、用事があると言えばよかったと気付いてハッとした。

「じゃ、どうぞ?」

任務は遂行したのに、余計な問題を作ってしまった。
流されて何となく寄り道している場合ではない。
王子の為に、絶対にオネエだとバレてはいけないのだ。


己のアホさを呪っても、コーヒーの香りに癒されてしまっているあたり、我ながらもうどうしようもないと思う。

「桜木……何さんですか?」
「あぁ、怜です」
「怜さん。響きの綺麗な名前ですね」

コーヒーをすすりながら自己紹介しあったりして、一体何をしているのかと自分でも呆れた。
真弓冬幸[マユミ カズユキ]先生は五つ年上の二十九歳だそうだ。

「怜さんは、お仕事は何をなさってるんですか?」
「夜、近くの小さい居酒屋で働いてて。だから昼間は暇なんです」

説明した後で、いつの間にか「怜さん」呼びになってるー!と気付いて不思議に思う。

いきなり距離感が近すぎやしませんか?
そんなお人なんですか?
と、バレやしないかとドッキドキしながらコーヒーをすする。

「へぇ。居酒屋。綺麗な方だし、モデルさんとかホストの方かと」
「いえ、とんでもない……」

モデルは兄で、ホストはとても務まりません。
何故ならお酒が弱くて、家族に禁じられているからだ。

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あきゅろす。
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