Sakura tree
7
しかし、これがもし王子に男仕様怜ちゃんを見せる企みならば、それに乗らねばなるまい。
その為には最後まで決してボロを出してはならない。
チャイムが鳴ると、途端にあちこちの教室で騒がしくなった。
先生が王子を呼ぶと、生徒達の視線も一緒に集まってしまう。
「怜ちゃん!?」
王子は大きな目を更に丸くして、ぱたぱたとかけよってきた。
「よぅ」
「怜ちゃん、どうしたの?」
今度は何故ここに居るかではなくて、何故こんな格好をしているのかという驚きに聞こえた。
しかしそこは無視して。
「忘れ物。体操着、届けに来た」
手渡すと王子は、じぃっと観察する様に見上げて、にこっと微笑んだ。
「うわぁ!お兄さんダーレー!?」
「王子君ちのお兄さーん!?」
「すーげー!ビジュアル系のバンドの人みたい!お兄ちゃんってそうなの?バンドの人?バンドやってんの?」
群がってくる男子達。
そしてそれを制する女子。
「ちょおっと男子ぃー!うーるさぁーい!」
「静かにしてよ!」
「名前なんていうんですかぁ?何歳ですかぁ?」
気付いた他のクラスの生徒達まで出てきて、すごい騒ぎになってしまった。
「わぁ……」
先生!何とかして!
助けを求めて見ても、生徒達を軽くいさめるだけで、助け出してはくれないようだ。
「王子、ごめん。騒がせちゃって」
「ううん。ありがとう、怜ちゃん」
でもまぁ。王子が嬉しそうだったからよしとしよう。
子供達を掻き分け、ばいばいと手を振ると、友達に囲まれた王子が手を振っていた。
先生達は追おうとする生徒を止める役にまわり、一階に下りてくるとやっと一人になれた。
「すごい騒ぎですね」
安堵の溜息を吐いたところで声を掛けられて、どきりと心臓が跳ねた。
「すっ、すいません……」
振り返ると、白衣を着た長身の男性が立っていた。
やわらかい雰囲気のある人で、笑顔もふわりと温かい。
「話題の、桜間王子君のお兄さんですか?」
「お騒がせして、すいません」
申し訳なくて謝ると、先生は手を上げて否定した。
「いえ、そうじゃなくて。カッコイイお兄さんが来たって先生達まで言っていたので。でも、本当ですね」
「あ、いや。全然。とんでもないです」
それはこっちの台詞だ。
さらりと揺れてつやめく黒髪は癖毛なのか、長めの前髪は横に流れる。
後ろ髪は正面からもわかるほどの長さで、ゆるくウェーブして首の後ろを覆う。
高い鼻梁はすっと通って、緩やかなカーブを描く眉も目許も優しい印象だ。
形のいい唇で微笑を作り、輪郭はシャープでもしっかりと男らしい骨格をしている。
その容姿や纏う雰囲気は野性的とも華やかとも違い、ぱっと見は地味に映ってしまいそうだが、知的で優しそうな印象の人物だ。
「よかったら、ちょっと保健室に寄っていきませんか?お茶、出しますので」
理科の先生かと思ったら、保健室の先生だったようだ。
それでこのふんわりと包む様な優しい空気に納得出来る。
「え、や、でも……」
「何かご予定が……?」
「いえ、無いですけど……」
答えてしまってから、用事があると言えばよかったと気付いてハッとした。
「じゃ、どうぞ?」
任務は遂行したのに、余計な問題を作ってしまった。
流されて何となく寄り道している場合ではない。
王子の為に、絶対にオネエだとバレてはいけないのだ。
己のアホさを呪っても、コーヒーの香りに癒されてしまっているあたり、我ながらもうどうしようもないと思う。
「桜木……何さんですか?」
「あぁ、怜です」
「怜さん。響きの綺麗な名前ですね」
コーヒーをすすりながら自己紹介しあったりして、一体何をしているのかと自分でも呆れた。
真弓冬幸[マユミ カズユキ]先生は五つ年上の二十九歳だそうだ。
「怜さんは、お仕事は何をなさってるんですか?」
「夜、近くの小さい居酒屋で働いてて。だから昼間は暇なんです」
説明した後で、いつの間にか「怜さん」呼びになってるー!と気付いて不思議に思う。
いきなり距離感が近すぎやしませんか?
そんなお人なんですか?
と、バレやしないかとドッキドキしながらコーヒーをすする。
「へぇ。居酒屋。綺麗な方だし、モデルさんとかホストの方かと」
「いえ、とんでもない……」
モデルは兄で、ホストはとても務まりません。
何故ならお酒が弱くて、家族に禁じられているからだ。
[*前へ][次へ#]
[戻る]
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!