Sakura tree
6
出ていく前にドアにもたれ、長く息を吐き出す。
「っしゃ!」
気合いを入れて、男らしくつとめる覚悟を決める。
一階に下りていくと、待ち構えていたママが興奮して甲高い悲鳴を上げた。
「きゃー!素敵!怜ちゃん、似合ってるじゃなーい」
喜ばれても困る。
引きつる笑みと乾いた笑いしか出ない。
「や。嬉しかないから」
こちらは憂鬱な気分で溜息をついてるというのに、ママは非常に楽しげだ。
「怜ちゃん」
「ん、何」
スニーカーをはきながら返事をすると、その背に追い討ちが。
「男の子みたいでカッコイイ…!きっとバレないわねっ」
何度目か知れない溜息をつく。
「……行ってきます」
ママが男仕様を見たかったからわざと忘れたんじゃないかと疑うほどのはしゃぎ様だった。
それとも、一度は失敗した作戦を自然な形で再びチャレンジしようというのか。
前は結局叶わなかったが、今回の状況だったら王子に男仕様を見せるのには絶好のチャンスだ。
のんちゃんとママで企んでいてもおかしくはない。
我が家族ながら、そう思わせるあたり恐ろしい親子だ。
もしくはそれにハマる自分が間抜けなのか。
中学校に着いて、まずは職員室で挨拶をせねばならない。
ふぅ、と静かに深呼吸をして、いざ。
職員玄関を入ってすぐ、受付の小さな窓口がある。
「すいません」
中は職員室で、若い女の先生が「はいはい」と早足で玄関まで出てきた。
派手な色をした長髪の男が居て驚いたのか、先生は足を止め、距離をとったところで警戒している。
「あの、桜間王子の家族なんですけど、王子が体操着を忘れて……」
「あ、ちょっと待って下さい。先生ー!王子君の!……今、担任が来ますんで」
すいません、と軽く頭を下げる。
「はーい!」
出てきた担任の先生も女性で、こちらの顔を見てから二人は顔を見合わせた。
不審者と勘違いされているのか、それともオネエを隠せていないのかと内心ひやひやしている。
声はなるべく低くを心掛けているし、仕草もボロは出していないつもりだ。
「あー、えっと……王子が忘れ物をしたんで、渡してもらえますか?まだ間に合いますよね?」
体育は午後だと言っていたし、時刻はまだ九時を回ったところだ。
「よかったら、王子君の教室見学してきませんか?お時間があれば」
最初の先生が、ね?と目配せして担任の先生を肩で小突くと、二人はそわそわと落ち着かない様子で話し出した。
「王子君が教室で馴染んでるかご心配でしょうねぇ?事情が事情ですもんねぇ」
「そーう!どうですか?見ていきます?」
「教頭先生ー!一年生の桜間王子君なんですけど、ご家族の見学、ちょっとだけいいですよね?」
この売り込みは何だ。
まさか、男仕様が成功しているが故に!?
「いいですって!許可出ました!」
「大丈夫みたいですぅ。スリッパどうぞぉ」
二人がかりで鼻にかかった高い声で親切にしてもらっても、非常に心苦しかった。
「王子君のお家の方っていうと、何番目のお兄様ですかぁ?」
「あぁ。三男です」
「桜木さんですよね。下のお名前は?やっぱり、ここの卒業生なんですか?」
「はぁ、まぁそうです」
何だか二人の熱が伝わってきて追い詰められ、下の名前はという質問をスルーした。
「桜木さんのお宅って有名ですもんねぇ〜」
「有名?何でですか?」
バレてないだろうと思っても、ヒヤリとした。
一体誰の事を言っているのか。
小説家の父?元芸能人の母?
カメラマンの悟なのか、モデルの望なのか。
それともオネエの自分なのか。
「ほらぁ、桜木さんちは四人兄弟みんなイケメンだって。有名なんですよぉ?」
内心では、それかぁー!と安心して、苦笑する。
「いや、別にみんな普通だと思いますけど……」
昔から言われるが、そう思うのはやはり家族だからか。
「そーんなぁ!カッコイイですよぉ。ねぇー?」
いくら若い女性とはいえ、今は教師という立場を忘れないでほしい。
甘えた声で嬉しそうに二人ではしゃぐのを見ると、すっと心が冷えていく感覚がする。
教室まで案内されて、後ろのドアの窓から中を覗く。
示された席では、波打つ金髪が輝いていた。
「あぁ、居た」
見た目で差別されていないだろうか。
その不安は、先生達が解消してくれた。
「王子君、人気者なんですよぉ。金髪と青い目の色が珍しいらしくって、男の子も女の子もみんな」
「子供達が差別しないでちゃんと受け入れてくれて、私達も安心しましたよ」
「そっか。よかった」
王子の様子も知れたし、これで先生に体操着を預けて帰ろうと思ったら、まだ帰してはくれないらしい。
「もうすぐ休み時間になりますから」
「え!?」
「直接渡されたらどうですか?」
もういいのにー!
[*前へ][次へ#]
[戻る]
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!