Sakura tree
2
少年が初めに預けられたのは父方の叔父の家だった。
父の弟であるその人は、少年をまともに見ようともしなかった。
少年が産まれてまもなく亡くなってしまった父の記憶がよみがえり、祖父母や伯父達は、少年を見る度に苦しめられた。
家族の死という大きな悲しみを思い出させられる辛さの他に、決して口にしなかったが、彼らの中にある罪悪感や後悔の種が何より彼らを苦しめていた。
いつも何処か漂っていた妙な緊張感や居心地の悪さは、自分が居るからなんだと、幼いながらに感じ取った。
父の事はおろか、母の事にも触れてはならない。
暗黙の内に学んだルールだ。
皮肉な事に、少年は父に生き写しだった。
成長するほど似ていく少年を目にし、彼らは、少年に何も語って聞かせる事無く遠い祖父の姉の家へ預けてしまった。
二つ目の家は、山に囲まれた小さな町にあった。
といっても少年が住む家はその山の中腹辺りにあって、小学校への通学も大変だった。
それでも夫婦は優しくしてくれたし、知らなかった父の話も少年に初めて聞かせてくれた。
生活には満足していたのだが、少年が中学生になるにあたり、夫婦は考えて都会に住む親戚に預ける事にした。
そこで佐倉麗の父に繋がり、桜木家の隣人に、そしてやっと桜木家にまで辿り着くという具合だ。
※
ただ駅に迎えに行けと言われて来ただけの悟と望は、駅前に一人で立っているその少年を見つけ、顔を見合わせた。
『とても綺麗な子だそうだよ』
『お人形さんみたいですって。金髪で青い目の』
両親から聞いた時はまた二重にびっくりして言葉を失った。
だが実際に見てみると、波打つ様な金の髪は白金の様に白に近い色をして、肌の色も白く、虹彩は見事なブルー。
「日本人……だよな?」
望は思わず兄に確認した。
金髪碧眼の人間が黒い髪や目を持つ日本人との間に子供をもうけると、成長するに従って色素が濃くなってくる。
まだ十二歳の子供とはいえ、金髪碧眼でもこれほど色素が薄いのは珍しい。
「両親の事は詳しくわからんそうだ。日本人じゃないかもな」
日本人じゃないかもというのは冗談だったが、悟は半分本当かもしれないという気になった。
背の高い大人の男二人が小さな少年に声をかける光景はいささか犯罪的な臭いもするが、少年はくっきりと大きな二重の目でじっと表情を変えずその大人を見上げた。
「こんにちは。君は、桜間王子[サクラマ ワカネ]君?」
望の問いにこくっと一つ頷くと、緊張で強張ったまま弱々しく細い声が発せられた。
「初めまして……。これからお世話になります。桜間王子です」
子供らしからぬ丁寧な挨拶が、親戚の家を転々としたという境遇からの慣れを窺わせた。
「一人で来たのか?」
悟は辺りを見回し疑問を口にしたが、望は「まさか」と両手を広げた。
しかし王子は本当に一人で来たらしく、荷物はリュックサック一つ背負ってるだけだった。
「嘘だろ……?子供一人で危ないとは思わなかったのか」
さすがに望も表情を曇らせた。
「荷物はこれだけか?」
「おじいちゃん達が、先に送ってくれたって……」
じゃあすぐ着くだろうと納得し、悟はそのリュックサックを持ってやった。
性格的に自然と適した役割があって、悟は荷物を担当し、望は王子とお喋りをして緊張を解いていく。
「ウチにはな、親が決めたルールがあるんだ。何かわかるか?」
王子が首を振ると、望はふふんと笑った。
「『家族なんだから、子供達は絶対出てっちゃダメ!』これだ」
ルールというと王子にとって、「両親の話題はタブー」という事が強く心に残っていた。
それだけにこの新しいルールは、王子を驚かせた。
「あの人達ちょっと変わってるんだよ。家族ってもんがすんごく大事みたいで。家を出てっても家族だろ?って思うのに、どうしてもイヤだって泣きつかれてさぁ」
肩を竦めて少しおどけて話す望の姿が、王子には楽しく見えた。
「だから俺達、二十七と二十五になるのに実家暮らし。家賃が浮くのはいいけどさ〜、ホラ、色々不自由も感じるじゃん?」
そこまで言ったところで、悟が咳払いをして話がよからぬ方向へそれるのを阻止した。
にっ、と悪戯っぽく笑う望を一瞥する悟。
言葉を交わさずとも互いに何を言いたいか解り合っているようで、王子は家族ってそういうものなのかと興味深く見ていた。
「あの人達ね、王子の事……『新しい家族になる子を迎えるんだ』って言ったんだよ」
望は悪戯を思い付いた子供の様にキラキラと楽しそうな顔をして王子を見下ろした。
悟は滅多に崩さない表情をかすかに動かし、片頬でふっと笑った。
「だから王子も出ていけないな。あの人達泣きつくから」
あ〜あ、可哀想に。なんて言いながら、望は嬉しそうに笑った。
[*前へ][次へ#]
[戻る]
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!