番外・過去拍手ほか書庫 7 不安げな顔でうつむいてしまったら、由嘉様はあごに手をかけて上げさせた。 「何を考えてらっしゃるのですか?どうぞお聞かせ下さい」 吐息がかかりそうな距離。 震えそうになる声を落ち着ける。 「俺では由嘉様を幸せには出来ないのではないでしょうか」 「何をおっしゃいます!今もこうして貴方に触れ、見つめ合いながら言葉を交わしている事でどれだけ幸福をもたらすか!」 でも、と躊躇うと遮って続ける。 「貴方と二人なら、俺の人生は素晴らしい意味を持ちます。貴方は俺のすべてだ」 由嘉様は灰に汚れた格好の自分を見てもちっとも心が揺るがずに居てくれた。 その上何の躊躇いも無しに触れ、抱き締めて、様々な幸福を既に沢山与えてくれている。 「俺もっ、由嘉様を愛してます」 「ならば」 返事をして、服を掴む。 「貴方と共に生きたい」 馬車から見る、激怒する継母達の居る家が次第に遠ざかる。 「寂しいですか?」 髪を撫でられ、由嘉様に向き直って笑う。 しかしうまく笑えず苦笑になってしまったそれを由嘉様は優しく包む。 「どの様な仕打ちを受けても、義理とはいえ家族。寂しいのは当然だ」 それは自分の事の様に、痛みを感じる笑みで。 頭を撫でて慰めるその優しさが嬉しくてつい照れる。 優しかった母の思い出が詰まった、生まれ育った家からは離れてしまうけれど、これからこの優しさのそばにずっと居られる。 「ずっとそばに置いて下さい」 ずっと、ずっと。 何よりも一番に想ってほしい。 由嘉様はふっと柔らかく、優雅に笑う。 「何をおっしゃいます。もう二度と放しませんよ」 これを幸福と言わずに他に一体何を幸福と言えるだろうか。 笑みがこぼれるのに、僅かに涙も滲んだ。 可愛い、と耳元で囁く甘い声がくすぐったくて肩をすくめる。 すると由嘉様は面白がっていつまでも耳元でくすくす笑い、拘束された腕から逃れるのにしばらく要した。 「あっ、遊ばないで下さいっ」 「遊んでませんよ?戯れてるんです」 「戯れ…っ!?同じじゃないですか!」 由嘉様のニヤリとした悪戯な笑みを初めて見た。 「何が同じですか。一方的に遊ぶのと二人で戯れるのとは違いますよ?」 「じゃあ戯れてませんっ」 「それなら体で愛し合うのならよいのですね?」 そんな恥ずかしい表現をさらりと言ってしまえる事が尚更羞恥心を煽る。 自分だけが極端に恥ずかしがって由嘉様は平気な顔で笑う。 「屁理屈っ」 抱きすくめられ自由に動かない手でぱし、と胸を叩くと、やっぱり遊んでいたその証拠に吹き出した。 むくれながらもおとなしくしていると、ぴたりと止まって急に真剣な声色になる。 「千草。貴方を愛してます」 由嘉様、と声を漏らすと目を見つめられた。 「由嘉と、二人きりの時は由嘉と呼んで下さい。貴方の前で俺はやっと一人の男になれる」 一国の王子、その人が唯一一人の人間として、一個人としての顔を許せる存在。 自分はそれなのだ。 「由嘉……貴方を愛してます」 継母達が一度城へやって来た時、何処から知れたのか俺をいじめていた者達だと言って石を投げつけられたらしい。 一生を共に生きると誓いを立ててからは、一真さんに会いに行ってお礼を言った。 すると一真さんはこうなる事を見通していた様に笑った。 母の遺産を受け取ってほしいという希望は叶わなかったけれど、その後何度も贈り物を持って遊びに行った。 「千草」 隣に来るようにと長椅子を叩いて笑う。 はい、とおとなしくそこに座ってみれば、今や見慣れた悪戯な、意地悪な笑みを浮かべてみせる。 「愛してる。だから、体で愛し合ってみよう?」 最後に疑問符が付いているのはわざとに違いない。 返事に困ってわたわたと焦るのをわかってそうしている。 結局何も言えずに赤面して顔を反らすしか出来ないのをまた笑ってから、真剣な顔が近付いて触れた。 [*前へ][次へ#] [戻る] |