番外・過去拍手ほか書庫
2
大人に遠慮するこの小さな子の本心を知りたくて、三嶋は恵を一人で留守番させてみる事にした。
一人になった時にどんな顔をするのか。
子供らしく寂しいと泣いてくれる事を期待していた。
本当は甘えたいのだとわかれば、まだ間に合う気がした。
愛に飢えた子にはなってほしくなかった。
少しでも泣いたら存分に甘やかして、過保護に育ててやるんだ!と拳を握った三嶋の頭には、大人しく平気な顔で待つパターンは用意されていない。
出掛けた振りをしてまだ家の中に三嶋が潜んでいるとも知らないで、恵はぐっと下唇を噛み締めた。
大丈夫だもん。
一人でも平気だもん。
ちゃんとお留守番出来るもん。
そうやって何とか自分を励ましている恵の目はもう潤んでいる。
ソファーでちんまりと丸まっている光景は、ふわふわした小動物の類いを思わせる。
隠れている三嶋を見事に破顔させた恵は急に飛び起きると、真っ直ぐ二階へ走って行ってしまい、三嶋はその後を追った。
自室で隠れて泣いているのだろうと想像した三嶋は、その奥の扉が開いているのが目に入って足を向けた。
そこは一弥の部屋だったのだが、恵が居る様子は無く、そっと閉めて恵の部屋の前に立った。
息を潜め、耳を澄ませる。
と、案の定。
ぐしぐしと鼻をすすって泣いているのがわかった。
たった五歳の小さな子供が誰にも涙を見せず、一人きりで寂しさに耐えていた。
直ぐ様飛び出して行って抱き締めて、酷い事をしましたと謝るつもりでいた。
けれどその啜り泣く声が、予想外に三嶋の胸をえぐった。
想定していた筈の、期待すらしていた筈のそれが重い衝撃となって襲う。
健気という言葉が正しいかわからない。
それは、残酷とも言える現実だった。
幼い心が抱えるには重すぎる。
いつの間にか扉の向こうが静かになっている事に気付いた三嶋は、ゆっくりとノブを回した。
ベッドの上に丸まる恵を見て、思わず視界が熱く滲んだ。
頬や睫毛がまだ濡れている。
泣き疲れて寝てしまった恵がかぶっていたのは、一枚の白いシャツだった。
瞬間的に一弥のだとわかった。
起こしてしまう事よりも、このまま寝かせておく事の方が心苦しく、三嶋は構わずにその明るい色の髪を撫でた。
身動いだ恵の頬を拭い、そっと囁く。
「恵さん、申し訳ありませんでした。一人で寂しかったでしょう?」
我慢させてはいけない。
まだ甘えるのが当たり前な年頃なのに。いや、甘えなくてはならない年だ。
なのに。
この子はそれを懸命に我慢して、同じ年頃の子供よりも早いスピードで大人になろうとしている。
「もう泣かなくていいんですよ」
このシャツの持ち主に敵うわけが無いのは当然で。
嫉妬心が無いと言えば嘘にはなるけれども、敵視などとてもじゃないがする資格は無いと自覚している。
まして勝とうなどとは思うわけも無かった。
一弥のことが大好きな恵が、三嶋は好きだった。
大好きな一弥に愛されて、幸せな顔をする恵が好きだった。
「もうすぐ、一弥さんが来ますから」
玄関が開く音と同時に、その待ちかねた声が家に響いた。
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