番外・過去拍手ほか書庫
七夕編
いつもより少し早く目が覚め、朝食代わりに紙パックのトマトジュースを冷蔵庫から取り出す。
だらっと冷蔵庫に寄りかかりながらすすっていると突然騒がしくなった。
父さんがどうやら出掛けていたらしい。
「ただーいまー!」
寝起き早々テンションの高いこの人を前にすると正直かなり鬱陶しい。
しかも今日は厄介な事に浮かれている。
嬉しそうに手にしているその植物を、早く聞いてと言わんばかりに持ち上げて揺らす。
「何それ?」
苛立ちながらも仕方なく付き合って訊ねてあげると、それはもう嬉しそうに言った。
「笹!」
「わかってるわ!その笹を何で持ってんのかって聞いてんのっ!」
ちょっとでかいし!
それ自体は細いけど真っ直ぐ立てたらドアからはみ出るくらいの長さに加え、葉がわさわさで……すごい邪魔!
「やだなぁ怜ちゃん。今日は七夕だよ?」
「あぁ、そっか。って七夕だからって本物の笹を持ってくんじゃねぇわよ!っていうかどっから持って来たの!?」
「売ってた」
そんなキラキラした笑顔で言われちゃうと毒気を抜かれるわ。怒ってるのが馬鹿らしくなる。
「あぁそう……。でどうすんのソレ」
言いそうな事はわかってるわよ?色んなイベント毎をちゃんとやるのが好きなこの人のことだし。
「皆で願い事を書いて提げようね?」
あぁやっぱり。
しかも短冊まで用意されてる。
「これ見つけちゃったら欲しくなっちゃってさー。七夕セット!」
それで衝動買いしてきたってわけね?
「怜ちゃんはどんな願い事するー?パパはねー、家族みんなが健康で幸せに居られますようにって。……あと編集の人達がもっと怖くなくなりますように」
ちゃんと家族の事を考えてるんだと思ったら……
〆切に追われて急かされるから怖いのか、それとも本当に強面の人達なのか気になるところだけど色んな意味を含んでそうだから敢えて掘り下げるのはやめておこう。
夕方、帰宅した王子とリビングで短冊を書く。
「王子は何てお願いするの?」
「早く怜ちゃんを押し倒せるくらいに成長しますように」
はっ!?
まったく予想しない答えにあまりにびっくりして言葉が出ずに口をパクパクしてしまう。
それを見て王子は軽く笑って嘘だよと言った。
「早く大人になりたいって書いただけだよ」
押し倒したいという野望を裏側に秘めた願い事を星にしちゃうの?
「怜ちゃんは?」
「んー…じゃあ、みんな仲良く幸せに?」
「みんなじゃなくて、もっと自分の願いは無いの?」
自分の願い?
なら、モデルの方のお仕事で迷惑がかからないようにとかあるけど。
でもそれじゃあ王子は不満みたいで、結局それも周りの人を気にしてだからと却下された。
王子はもっと何が欲しいとかこれがしたいとか、具体的に自分の事で欲張れって言ってるんだと思う。
「でも本当に今は無いのよねー。だからいいのっそれで」
ピンク色の短冊に油性マジックで『みんな仲良く笑って過ごせますように。』と書いた。
それを横からつまらなそうに覗き込まれる。
何がそんなに不満なのかしら?
「じゃあ僕は『怜ちゃんが僕を必要とするように』に変えようかな」
「何それ?」
拗ねて言ったそのセリフについ吹き出してしまった。
王子の事を書かなかったからへそを曲げてたのかと思うと可愛い。
笑われてムッとしたのか、意地になっている。
「じゃあ『怜ちゃんが僕を好きになるように』にしちゃうからね!それか『怜ちゃんが僕無しでは生きていけないように』だね!」
これでどうだという様に得意げだ。
「はいはい。私は王子無しでは生きていけませーん」
面白がって言ったら王子は子供だと思ってからかっていると言って憤慨した。
だから一緒に星を見る約束をしたら許してくれたから、今夜は星を見に行こう。
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