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番外・過去拍手ほか書庫

立ち上がると手を引かれ、強く力のこもった口調で放さないと言われた。
離れたくはなくても、それは叶う事の無い夢物語に過ぎない。
王子様に会えて、話す事まで出来て、まして愛しているなんて言葉まで。
自分はもう一生分の幸福を使いきってしまったに違いない。

「もうお会いする事も無いでしょう」

いっそ一息に言い切れば簡単で、幸せな温もりも失える。
目を見開いたその顔を直視出来ず咄嗟に反らし、ゆるんだ手からすり抜けて走る。
結局嫌われてしまう事に変わりなかった。
想いも、名前さえ告げられないまま逃げるしかない。
視界が滲んで足がもつれ、慣れない靴が片方脱げて階段で転がる。

「お待ちください!」

響くその声に振り返ると飛び込んでくる姿。
ここで立ち止まっては居られない。
こぼれた涙を拭い前を向く。

息を切らして馬車に乗り込み、動き出す景色の中に見つける。
落としたままにしてきた靴を手に叫ぶあの方が涙に滲んで、耐えきれず顔を覆った。
こんな事なら、いっそ……?
いや、出会わなかった方がよかったなんて思える筈が無い。
もう何もかもを否定出来ない。あの方を想うようになってしまった今では。
出会ってしまった事を悲劇とも思えない。
この別れが仕方ないのだとも思えない。
ただひたすら、恋しくて悲しい。


まだ熱が感じられそうな靴を手に、ガラガラと音を立てて小さく消えていく馬車へ、王子は熱い視線を送った。
名も知らぬ想い人に影を落とすものは何か。
脳裏には口を噤みうつむいた彼の顔が浮かぶ。
そして別れ際の涙。
二人が引き裂かれる現実を、彼自身が悲嘆している何よりの証。
王子は靴を手に、馬車が消えた方向を見つめていた。


一真さんの家へ戻り、服も何もかもがもう必要ではない事を告げた。
もう意味をなくしてしまった。
きれいな服を着ても見せたい人は居ないし、どんな飾りもお金さえも、今は意味を持たない。
涙声で告げた一言に返事は無く、一真さんはただ静かに抱き締めてくれた。

継母と兄達が家に帰ってくると、また舞踏会での話をしだした。
今夜も十二時前に急いで帰ってしまった貴公子の話題でヒヤリとしたけれど、次には胸が苦しくなった。

「だけど、本当に王子様はあの貴公子様に夢中なんだね」

溜息混じりに、けれど怒りや恨みを含んだ様なそれに居心地の悪さを感じる。
継母に同意する様にイライラとした口調で兄達も言う。

「そりゃああれからずっと心ここに在らず、って感じなんだからさ。俺らがいくら近付いたって無理だっつーの」
「名前も出身も何にも言わなかったらしいじゃん。王子様を夢中にさせておいてそれを無駄にするんだから、一体どういうつもりなんだろうね」

傷付けてしまった。
わかっていたその事実を、改めて知らしめる言葉の数々。

想像したくはないけれど、王子様は別に素晴らしい人を見つけて結ばれるのだろう。
それが正しい、本来の姿で、そうあるべきなのだと思う。
夢は終わったのだと、時間が経つごとに、日が過ぎるごとに言い聞かせた。
なのにふと気が付くとあの声を反芻し、あの手の温もりを記憶から探し出そうとしている。
そんな中で「王子様が舞踏会の夜に靴を落とした貴公子を捜している」と継母達が話すのを耳にした。
そして靴にぴったり合った人物を城へ迎え入れるであろう、と。

まるで悪事が発覚してしまうかの様な不安。
すべてが露見したその時、継母達はどんな目で自分を見るのだろう。
だけどその前に、立場が違いすぎる灰まみれの自分などにその機会はやって来ないだろう。
それに何処か知らない誰かが靴を履くのかもしれない。
それが正しい形なのだから。

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