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番外・過去拍手ほか書庫

その光景に見惚れ、皆ほぅっ、と溜息を漏らした。
突然現れた見た事も無い貴公子へ注がれる王子様の熱い視線。
王子にリードされて踊る貴公子は恥ずかしげに頬を染め、時折ちらりと控えめに王子を伺う。


「貴方のお名前は?どちらからいらしたのですか?」

小間使の様な扱いを受け、年中灰にまみれている千草にはそれに答える事が出来なかった。
日々からは考えられないこの夢の様な時間。
王子様を一目見るだけでいいと思ったのに、その優しい声を、甘い言葉を、優雅な笑みを知ってしまった。

「どうか、お聞きにならないで下さい。お答え出来ないんです」

悲しげに目を反らし眉を寄せた千草に、王子は何か言えない事情が隠されているのだと悟った。
それならば、だからこそ尚更に、その憂えるものを分けてほしい。
彼が苦しんでいるならこの身のすべてで力になりたいし、障害があるならそれがどんなものであっても越えてみせる。

「何故です?一目見ただけで、俺はこんなにも貴方を愛してしまったというのに」

王子の腕には熱く力がこもり、千草は胸が痛んだ。
潤んだ瞳は真っ直ぐに王子へ向けられ、そして震えて隠される。


王子様は謎の貴公子に付きっきりで、誰の目にもあの貴公子がその愛を向けられているのだとわかる。

「何だってんだい、あの貴公子様は!ずっと王子様を独り占めして!」

歯ぎしりをしたって、誰であろう王子様が彼に夢中なのは変えられない事実だ。

「仕方ないよ」
「そうだよ、諦めよう」

既に敗北ムードの息子達、誠と里久に母は明日も来ますよ、と息巻いた。

「でももう決まっちゃった様なもんじゃねぇの?」
「ていうか最初っから無理だったんだよ、ね?」
「うっさい!いいの!明日も来るんだよ!」


ダンスの後も王子様はずっとそばに居て、話をしながら軽食をすすめてくれたりした。

「少食なんですね。可愛い」

せっかくすすめてくれているのにあまり食べられなくて、謝ろうと思ったら可愛いなんて言われて咄嗟に何て答えていいかわからなくなる。
赤くなって戸惑うのを見て、王子様はくすりと吹き出した。

「貧血で倒れてしまいますよ?でもその時は俺が受け止めましょう」
「もうっ、何を」

長い鐘の音が響き、ドキリと心臓が跳ねる。

「帰らなくては」

立ち上がると、握られていた手に力がこもる。

「お待ちください!まだよろしいではないですか!」
「いえ、もう帰らなくては。どうか手を」

それが一真さんとの約束だから、破るわけにはいかない。

「ならば明日も!明日も来ると約束して下さい!必ず明日もここへ来ると!」

ぎゅっ、と胸が締め付けられる。
会いたい。
明日も、明後日も、その次の日もずっと。ずっとそばに居てほしい。
そしてもう一人にはならないと約束してほしい。

「はい、王子様。来ます。明日も、ここへ」

笑みが浮かび、優しい温もりが離れる。

「由嘉とお呼びください。俺の名は由嘉です」


すべてが嘘だったと言われれば納得してしまえるかもしれない。
大きなお城。美しい音楽。
輝くシャンデリアの下で、豪華な衣装や飾りを身につけた人々に囲まれ、優しい王子様と踊る。
それがすべて嘘だった、と。

慌ただしく着替え、暗く誰も居ない家へかけ戻り、今はまた灰にまみれている。
余韻の様に回る舞踏会の音が頭で響き、あの低音を思い起こす。

「明日も」

それが今は何よりも自分の生き甲斐になり、どんな事も耐えられるような気がする。
こんなにも明日が楽しみになるなんて思ってなかった。
だけど忘れてはいけない。
夢は、明日ですべて終わり。

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