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番外・過去拍手ほか書庫

力無く座り込んで、溢れ出る涙を抑えきれずにただ泣いた。
どうして。
どうしてこんな――。

本当は自分だって羨ましかった。
舞踏会を開くというかっこいい王子様がどんな人か、チラとでもいいから見てみたいと思った。
なのに自分には舞踏会に着て行けるきれいな服は無いし、灰だらけで、床に這いつくばり豆を拾わねばならない。
帰ってくるまでにすべて終わらせておかなければ、グズ、のろま、とまた怒鳴られる。

母を想う。と、その時。
ハト達が窓から飛び込んで来た、かと思うと次々に豆をつつき、いい豆は皿に、悪い豆はすべて食べていく。
ハト達に餌をやり、心が通っているかの様に言葉をかけていた一真さんが浮かんだ。

やがてハト達のお陰ですべて終わったけれど、これでお城に行けるというわけではない。
一真さんの家に行き、何もかもを話すとまた泣けてきた。

「千草、もう泣かなくてもいいんだよ?君は舞踏会へ行ける」

涙を浮かべた目で、何を言っているんだろう、と首を傾げて見る。

「だって、俺には舞踏会へ着て行けるきれいな服も無いし、それにこんな…っ」

灰だらけのみすぼらしい格好をしている。

「静」

一真さんと一緒に住んでいる男性に声をかけると、静と呼ばれた彼は一度引っ込み、手に白のスーツを持って現れた。

「君は、これを着て舞踏会へ行ける」
「そんな…!」

一真さんの服をお借りするなんて悪い。
そう言って断ったら一真さんは首を振った。

「これは君のものだよ、千草。これはね、君のママが君に残したものなんだ」

失ったと思っていた母の形見。
みんな継母や兄達に奪われてしまった。

「ママが居なくなった後、もしかしたら君に辛く悲しい出来事が訪れるかもしれない。だけど君はそれを乗り越える力を持っている筈だ、とママは信じていた」

母の思い出を語ってくれる度に泣いていた。
けれど今は母が残してくれた言葉に、絆に、すべてに感謝している。

「けれど君に助けが必要な時は、私がこれで君を助けられるようにとママは頼んだ」

そうして一真さんは、沢山のお金や宝石、衣装を見せた。

「さぁ。早く準備をして、舞踏会へ急ごう」

それから体をきれいにし、きれいな服を身に付けると、一真さんが呼んだ馬車に乗り込んだ。
やがてお城に着くと、窓からの景色にただひたすら圧倒された。
とんでもなく大きな、素晴らしいお城。
ラッパを吹いて迎える中へと、従者に手をとられ馬車から下りる。


お城では、きらびやかな衣装や宝石を身に付けた人々が集まっていた。
舞踏会へ来れるだけあって皆それなりに身分は高く、ここぞとばかりに着飾った貴公子達は熱く王子様へ視線を送っている。
しかし彼が現れた途端その場はシンと静まり返り、次にはさわさわと互いに噂し合った。

「あの美しい貴公子はどなた?」
「見た事のない貴公子だけれど、本当に美しい」

貴公子に目を奪われたのは彼らだけではなかった。
言い寄ってくる男達を半ば鬱陶しく思いながら、次第にこの舞踏会にうんざりし始めていた王子も一目で釘付けになった。
白いシンプルな服に、胸元には真珠の飾り。
貴公子達に比べれば簡素とも言える格好だったが、それがかえって彼の魅力を引き立てている。
王子は彼だけを視界に捉え、真っ直ぐに歩み寄って手を差し伸べた。


「俺と踊って頂けますか?」

一瞬耳を、目を疑う。
まさか自分が、とは思うけれどその目も手も自分へ向けられていて、だけどまだ信じられないまま嬉しさも感じていた。

かすかに震える手をおずおずと伸ばす。
王子様はふっと優雅な笑みを浮かべ、柔らかな低音で言葉を紡ぐ。

「皆が美しいと言っています」
「そんな…っ」
「俺もそう思う。貴方はとても魅力的な方だ」

舞踏会で王子様と踊る。
夢の様な出来事が現実に起こっている。

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あきゅろす。
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