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番外・過去拍手ほか書庫

彼の父は身分の高い生まれで、後妻となった彼の継母はその財産に惹かれて結婚した。
連れ子である二人の兄達と共に、ある日突然訪れた日々は辛く、彼から笑顔を奪っていった。


「灰かぶり!」

父の手前、初めは愛想のよかった継母も、今ではこうして名前すら呼ばず、厳しい口調で命令を下す。

「掃除は終わったのかい!?」
「はい、七瀬お継母さま」
「次は洗濯だ。なにぐずぐずしてる!早く行きなさい!」
「はい、七瀬お継母さま」

ギッと睨み付ける継母は冷酷に映り、いつもの様に黙ってそれに従う。

「灰かぶり!」
「はい、誠お兄様」

洗濯カゴを抱えたまま入るのは、元は自分の部屋だった場所。
それも、母の形見のネックレスと一緒に有無を言わさず奪い取られてしまった。

「それが終わったらお茶を持ってきなさい」
「俺にも、早くね」
「はい、誠お兄様。里久お兄様」

急いで仕事を終わらせ、やっと兄達へお茶を運んで来れたかと思えば、ニヤリと意地悪な笑みを浮かべてから言い放つ。

「遅い!いつまで時間がかかってるんだ!まったく、のろまなヤツだ!」
「もう要らないから、下げて」
「はい、誠お兄様。里久お兄様」

毎日言いつけられる家事や雑用。
毎日投げつけられる怒号や暴言。
寝床に辿り着いた頃には、身も心もくたくたになっている。
寝床と言っても、部屋をとられた自分には行く場所も無く、暖炉の灰の中で丸まって眠るしかない。
だから継母や兄達は灰にまみれた自分を「灰かぶり」と呼んで嘲笑う。

優しかった母はもう居ない。
父さえあまり家には近寄らず、助けてとすがり甘えるどころか話す事も難しい。
大好きな父に、新しい家族と仲良くしなさい、と言われればもう言える筈もない。
幸せだった家の面影は今やこの家の何処にも残っていない。

たまに帰ってくる父に継母や兄達は素直に甘え、そして再び出掛けていく際にはお土産をねだった。
千草は何が欲しいんだい?と聞かれてももう何も欲しくはなかった。
何も要らない。
ただ、幸せだった頃の様に笑って髪を撫でてくれれば。
自分を見つめてくれれば。
首を振る自分に、父は顔をしかめ変な子だ、と言った。
最早自分は父の愛情さえ失ってしまった。

何の希望も無くなった家で、灰にまみれて眠りにつく。


母のお墓の前で、母を想う。
いつも灰にまみれ、薄汚れた格好をした自分を母は悲しむだろう。
けれど、だからと言って逃げ出すのも違う。
母なら強く向き合っていく事を望み、喜んで、ほめてくれる筈だ。

ぼーっと考え事をしている内に時間が過ぎ、離れたくないと思いながらも帰ろうとしたら、そこに男性が一人立っていた。

「君は、千草か」

戸惑いつつ頷くと、彼は母の友人だと言って母の思い出を語ってくれた。
それから辛い事があると彼の、一真さんの家へ行き、話を聞いてもらうようになった。


その日、家の中は落ち着き無く何処かそわそわした雰囲気に満たされていた。
興奮して気が立ってる継母達はいつも以上に怒鳴り付け、自分達を着飾るのを手伝わさせる。

お城で舞踏会が開かれるのだと聞きつけてからというもの、継母達は服を新調したりと普段にも増して贅沢にお金を使っていた。
どちらかでいいのだから、もし息子達が王子様に見初められでもすれば、今とは比べ物にならない暮らしが手に入る。
継母は何度も兄達に、王子様の愛を手にするんだよ、と言って拳を握った。

それもこれも自分には関係の無い事。

「灰かぶり。俺達はお城の舞踏会に行くんだ」

何度自慢されたろう。

「そんな灰だらけの姿じゃ、とてもお城には行けるはずもない。俺達はかっこいい王子様にお会いするんだ」

何度笑われたろうか。

「灰かぶり!お前は豆を拾っておきなさい!いい豆と悪い豆を分けて、いい豆は皿に、悪い豆は捨てておくんだよ!」

ざあっ、と床にばらまかれた数えきれない豆。
継母達は高笑いを響かせ、馬車で舞踏会へと出掛けて行く。

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