短篇
11
「確かに。これで叔父が少しは黙ってくれればと思ったのは事実だ」
瞬きをした拍子に涙がぽろりと溢れた。
「でも僕の気持ちは嘘じゃない。僕は君が農民だからとか、赤毛だから利用できるなんてことは一瞬でも考えたことがない」
言いながら、また優しく涙を拭う。
そして残酷な懺悔をする。
「僕は自分の弱さに負けて、君がどうなっても手に入れたいと考えてしまった。けれどそれは間違いだ」
言葉が深く胸に突き刺さる。
「君が言った通り、あの時あの場所は僕達の楽園だった。僕は君を見ている内に、君に幸せでいてほしいと思いなおした。いくら僕が望み、幸せでも、君がそうでないなら意味がない。だから僕はあの時、叔父が邪魔してくれなかったら……。君にうちで使用人にならないかと言っていたかもしれない」
彼は、ギリギリまで葛藤していたのだ。
「バカな事を考えていたと思うよ。君を永遠に手にできないなら、せめてこの楽園に置きたいなんて。結局僕がハッキリしなかったせいで君をこれだけ深く傷付けてしまった。でも、目が覚めたよ」
すべて終わりだと言われる。
楽園の追放を覚悟した。
「例え楽園を追放されても、僕は君と一緒に居たい。君を失いたくないんだ。僕が君を守る」
力強い眼差しが注がれて、ヘレンは瞠目した。
今、何を言ったのか。
それが何を意味するのか。
「ヘレン。僕のりんご。君を愛してるんだ。これを言うのにこんなに時間がかかってしまった」
何か言おうと口を開いても、何も言葉が出てこない。
自分でも冷静に今の心境を把握できていないのだ。
言葉のかわりに熱い涙が流れた。
「ねぇ、ヘレン?」
答えたくとも、胸がいっぱいで言葉にならない。
包まれた手が嬉しくて、愛しくて、少し甘えて握り返す。
すると彼は“本当に?”と目でヘレンに問う。
ヘレンはきゅっと唇を噛み、照れて目をそらした。
「ヘレン。ヘレン?僕を見て」
ちらりと上目で窺う。
その視線はヘレンの答えを確信に変えようと探っていた。
そしてなおヘレンを甘く導く。
「ヘレン。僕の名を呼んで」
戸惑い躊躇ったのは立場の違いからではなく、単に羞恥からだった。
何とか唇を薄く開き、小さく囁く。
「レオ様…っ」
ふんわりと優美な微笑みが浮かび、ヘレンはうっとりと見惚れた。
その拍子に口から無意識に二度目がもれる。
「レオ様……」
レオ様は感激で震える吐息をついて、握り締めた腕を撫でながら伝い、背へと腕をまわした。
すっぽりとその腕に包まれたら、ヘレンにも感激が走った。
全身を愛しさに包まれて、体の中から幸福感が溢れて満たされるようだ。
それはとても心地よくて、彼に甘えて擦り寄るのを我慢するのは難しかった。
髪を撫で、背を撫でる手がそれを助長する。
「レオ様」
口をついて出た三度目のそれは、もっと。という催促だった。
それをすくいとってくれた彼が、額にキスを降らせる。
ヘレンは頬を染めながらも、嬉しくて顔を綻ばす。
「ヘレン。僕のりんご。君が可愛くてたまらない」
きつく抱き締められながら、ヘレンは言葉を反芻し現実を噛み締める。
そして伝えねばならない気持ちがあると気付く。
顔を上げて改まって呼ぶと、レオ様はヘレンの髪に触れながら聞く姿勢をとった。
「レオ様とご一緒することで、おっしゃられた通り……また泣いてしまうこともあるかもしれません。それが過分な幸せを手にしたということなのでしょう」
住む世界が違うというのはそういうことなのかもしれない。
ヘレンは、自分のせいで彼の立場が悪くなれば罪悪感、自責の念を抱く。
それは幸せに伴うものだと覚悟している。
「でも、そのことでレオ様に苦しんでほしくありません。私はあなたと共にあればそれが幸せですから。あなたのせいで不幸になることはありません」
相手を不幸にしたくない、つらい思いをさせたくない。
彼が考えるように、ヘレンもまたそれを思う。
ヘレンが泣く度に彼が必要以上に苦しまなくて済むように。
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