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短篇

パーティーのことは家族以外では農園のカフェのおばさんが唯一知っている。
パーティーが近付くにつれナーバスになっていくヘレンを心配して聞いたのだ。

パーティーに出席したと言っても落ち込んでいないのを見て、おばさんは安心した。
ヘレンは招待を受けても浮かれなかったし、「L」のお方が領主様と知っても冷静に見えた。
そんなヘレンだから、きっと問題なくやれたのだと想像できる。
それよりも、おばさんが気にしているのはもっとデリケートな問題だった。


「L」のお方のことも、パーティーのことも、すべては夢だったのかもしれないと思いはじめた頃。
突然ヘレン宛に箱が届けられた。

ラッピングは赤いリボンだけで、包装紙はない。
平たい大きな箱だ。
けれども白い箱のふたをキャンバスにりんごの絵が描かれている。
そして、「L」の刻印がされた赤い封蝋。

りんご農園で働くヘレンにりんご酒を飲ませてくれ、赤毛を褒めてくれた。
りんごの妖精みたいだと。
そう。“赤いドレスを着たら”

領主様にはドレスの一着くらい何でもないことなのかもしれないが、ヘレンはこんな上等なドレスに触ったことがない。
赤いドレスに添えられたカードには、手書きのメッセージが綴られている。

“りんごの妖精をお招きしたい”

我が家にてお茶をということだが、つまりこのドレスを着て……ということになる。
立ち襟や胸元、袖口にフリルが目立ち、首もとには大きなリボン。
ウエストから腰のラインがタイトで、そこからまたふわりと贅沢にフリルを使ったスカートが広がっている。

せっかく贈ってもらっても似合うかわからないし、そもそも入るかどうか……とそこまで考えて、はたと思い出す。
パーティーでの別れ際、ハグされた時にウエストまわりを触られたのだ。
少し触っただけでぴったりサイズがわかるとは思えないが、見たところ無理なサイズでもなさそうなので可能なのかもしれない。

とにかくお誘いにこたえるにしろ、ドレスをお返しするにしろ、一度うかがわねばならない。
その日まで一週間、ヘレンはどちらにするか悩んだ。

そして訪れたヘレンを見下ろした出迎えの男性は、その姿に眉をひそめた。
それがヘレンの答えかと確認すると、諦めたように息をもらした。

対面した領主様の顔が曇ったのは、ヘレンが胸に平たい箱を抱えていたからだ。
言葉を失う姿を見て、ヘレンは胸をいためた。
本来ならばあり得ない厚意を拒むなど、さすがに無礼だと思い気を悪くしたに違いない。
ヘレンは身をかたくしてすかさず謝った。

「ごめんなさいっ。今日は、このドレスをお返しに来ました」

箱を差し出すと、領主様は首を振って押し返した。

「これは君のだ。君に贈ったんだから」

メンツを潰すことをしているのに、声色に滲む優しい響きに安堵した。
彼の期待を裏切りたくない。
いや、期待などおこがましい。
彼の望みにかなうようにありたいとヘレンも望んでいるけど、それはできない。

「私は、もう十分いただきました。あの薔薇のコサージュも、パーティーも……私には過分なことで」

目を伏せたのは、顔向けできないこと以上に、決意が揺らいでしまうからだ。
なのに領主様は肩に触れて顔を覗きこみ、囁くようにそっと優しく。その心をほぐそうとする。

「だけど喜んでくれた。そうだろう?」

喜ばないわけがない。
思わず反応して顔をあげると、間近で目が合う。
すると何も言葉にせずとも、その意が伝わったのだとわかった。
領主様の表情や空気すべてが、それなら応えるべきだと訴えている。

「でも、これ以上ご厚意に甘えてしまっては図々しいかと……」
「そんなことない。遠慮する必要ないよ」

かぶせるようにして言って、誰にも口出しはさせないから。と、続ける。

「ね?中で着替えたらいい。これを着た姿を僕に見せて」

大きな手が触れた箱のりんごを見つめる。

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あきゅろす。
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