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短篇

「飲み物は?お酒はどう?いける?」

同じ年頃の子達は飲んでいるが、ヘレンはまだ飲んだことがない。
勇気が出なかったというだけで、特に大きな理由はない。
当惑して瞬きが増えるのを、また領主様が笑う。

「平気だよ。度数が低くて、ジュースみたいに飲みやすいのがあるから。試してみない?」

こくりと小さく頷いてから、子供っぽい態度が失礼だったろうかと思い至る。
しかし彼に機嫌を損なう様子はなく、目配せと優雅なジェスチャーで指示をする。

運ばれてきたグラスからは、甘いりんごの匂いがした。

「りんご酒……?」

思わず呟くと、領主様は微笑んで頷いた。

「君たちが作っているりんごからできたお酒だよ」

明るく楽しげで、気取らない。
好感の持てる人物だ。

「いただきます」

こくりと嚥下すると、甘い香りが鼻に抜ける。

「おいしい……」

自然と声がもれた。

「おいしいです」

その嬉しい驚きは、ヘレンにふわりと笑みを咲かせた。

「よかった。きっと気に入ると思ったんだ」

優しく微笑む甘い眉目。
わずかな時間だが領主様の人柄に触れて、領主様が単なる呼称ではないと知れた。
若い当主である彼が人々に慕われ、尊敬されるのには訳があるのだ。
それを実感して、納得できた。
それはりんご酒の味わいと共に、パーティーに出席してよかったと思える収穫だった。

人の耳目がある場なので、ケーキの話や過分なプレゼントの礼などもできなかったのが心残りだ。

わざわざ見送りに立ってくれた領主様に母と改めて感謝を述べる。
と、領主様はヘレンの手をとりつつ然り気無く母へ目配せした。
それが何を意味するのか考える間もなく、引き寄せられてよろめいただけで、気付けばハグをされた状態だった。

ウエストに触れた手がするりと動き、腰を撫でていく。
瞬時に硬直した体は口を開くこともできず、息を呑んだまま呼吸さえ忘れた。

領主様の鼻先が髪に触れ、頬同士が触れてしまいそうだ。
数拍で離れると、変わらぬほがらかさで笑う。

「ん。りんごの甘い香りがする」

遅ればせながら、身体中から湯気があがるのではないかと思うほど強烈な羞恥が襲う。
男性に、それも領主様にウエストに触れられ、香りがどうこうなどと。

そして、髪をひとふさすくう。

「君の髪は赤いんだね。美しい色だ」

羞恥も過ぎると泣きそうになるんだということを初めて知った。

「これで鮮やかな赤のドレスを着たら、りんごの妖精みたいじゃない?」

言葉の理解が遅れて、返事のタイミングを逃す。
その時。

「似合う、ね」

そう言って、胸のコサージュに彼の指が触れる。
彼がくれたベルベットの赤い薔薇だ。
ドレスの話をしながら、暗にそれを指して言ったのだと悟る。
それがお世辞であろうと、ヘレンには感激だった。
単なる庶民の一人ではなく、「L」のお方と接したヘレンという人間を認めてくれた。
それがとても光栄で、嬉しかったのだ。

「君のお蔭で今日はとても楽しかった。ありがとう。お休みなさい、りんごの君」


酒も飲んだことのないうぶな少女を面白がっただけだとか、お世辞や社交辞令をいちいち真に受けて大袈裟に反応するのが可笑しかったからだと考えられるようになったのは後のことだ。
その時はお休みの挨拶を絞り出すので精一杯だったから。

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あきゅろす。
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