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短篇

とはいえ。
いざ飛び込むと圧倒された。
城と言えるほど大きな屋敷に、きらびやかな衣装を着た人々が吸い込まれていく。

ここは自分達が来る場所ではない。
別世界だ。

口を開けて立ち尽くす親子に注がれるのは好奇の目。
招待状を見せて入口を突破すると、意外そうな瞠目と失笑、不快感の滲む渋面がほとんどの招待客に浮かんだ。

吹き抜けの玄関ホールだけで、ヘレンの家が丸ごと入ってしまうほど広い。
豪奢なシャンデリアがキラキラ光って、昔語りのお姫様が暮らすお城のようだった。
ヘレンの日常とはかけ離れた、現実とは思えない世界。
ヘレンはすっかり見入ってしまって、自然と頬がゆるんだ。

そんなヘレンに母が顔を寄せ、あの方がそうだとこそっと囁いて視線で示した。
娘達を競って紹介する紳士淑女に囲まれているのが、領主様と呼ばれる若き当主。
「L」のお方だ。

領主様と知る前は老齢の紳士だと勝手な想像をめぐらせていた。
しかし、ヘレンの十年上だという領主様は優美な微笑みを浮かべる優形の青年だった。


上流社会のパーティーというと厳かで静やかな雰囲気の中、上品に行われるものとヘレンは想像していた。
はじめこそその空気はあったものの、酒が進むと声が大きく陽気になるのは庶民と同じなようで、次第ににぎやかな酒宴になっていった。
やがてグラスを片手に続々と立ち上がり、座っている人の方が少なくなった。

ヘレン達も窓際の薄暗い隅に並ぶイスに移ると、ようやく落ち着くことができた。
気疲れもあってか、そうなると寝不足だったせいでまぶたが重くなってくる。
隣の母の肩に頭をあずけると、すぐに眠れそうだ。
頑張って堪えているが、視界がぼんやりして最早夢の中だ。


「ねぇ。楽しい?」

白いクロスがかかった長テーブルの端で、両肘をつきにこやか口を開く男性。
目の前には上等なドレスを身につけた女性が二人も座っているのに、彼の視線はそちらにはない。

「喜んでくれたかな?ねぇ。楽しんでる?おーい。聞いてる?」

眠気でうとうとしていて、自分が話し掛けられているという認識が遅れた。
栗色の髪の青年が、ヘレンに向けてひらひらと手を振っている。
気付くと一気に眠気が吹き飛んだ。
触れた左腕から、母も強張っているのがわかった。

「あっ。気付いてくれた?」

気付いたけれど、咄嗟に口を開くことも思い付かなかった。
何故なら彼が、このパーティーの主催者であるからだ。
気さくに、ほがらかに笑うその青年が。

「ほら、こっちおいでよ。来て来て」

手招きをされ、ヘレンは母と促されるままに席についた。
あいているからと隣に座るわけにもいかないので、女性二人の隣だ。
彼女達はまだ話したそうに彼を熱心に見つめているのに、彼はそちらを一瞥もしない。
頬杖をついてヘレンを眺め、ほがらかに笑みを溢れさせる。
ヘレンは思わずうつむいてしまった。
見つめ返すのも不躾だと思ったし、何より正面から微笑みを向けられると胸がおかしく騒いだ。

馴染みが無い世界の方々は冷淡で、どこか人間味がないように見えた。
けれど彼は誰に対しても壁をつくらないタイプなのか、ヘレンにも平等な態度で親しげに話し掛けてくれた。

「ねぇ。何か食べてみなよ。ほら、それ」

緊張であまり食事に手をつけられなかったのを見抜かれたのか、ヘレンの前に皿が用意された。
それと示されたのは、薄切りにした黒い丸だ。
見ただけではそれが何なのかわからない。
ヘレンは返事をするのも忘れて、フォークをとってそれをひとつすくった。

口に含む。
が、見たこともない上流社会の食べ物はおいしいのかヘレンには理解できなかった。
その奇妙な味わいに目を丸くしてぱちぱちと瞬きを繰り返すのを見て、領主様はおかしそうに笑った。
そこに侮蔑の色はなく、嘲りの印象はなかった。
単純にヘレンの反応に対しての純粋なこたえだと感じられた。

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