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短篇

ヘレンが住む村を含む一帯の領主で、代々人民に慕われ尊敬されてきた名家だ。

手紙はパーティーへの招待状だった。
何かの間違いではないか。
そう信じる方が簡単だ。
しかし手紙にはヘレンと母の名がしっかり印刷されている。
そして最後に手書きで“あなたのお越しを楽しみにしています”と綴られていた。
いくら招かれたとはいえ、領主様主催のパーティーに庶民のヘレンが気安く行けるものではない。

「ヘレン。これはあなた宛よ」

真剣な面持ちで、私は付き添いに過ぎないと母は言った。
これは領主様の花嫁さがしなのだ、と。

「まさか私たち庶民には関係ないことだと思ってたけど……。ヘレンが招待されるなんてね」

ヘレンは不安な気持ちで見つめ返した。
ヘレンはただ、ケーキを作っただけだ。
それもたまたま、おばさんがきっかけとなったことで、「L」のお方とは会っていない。
それなのに花嫁候補として招かれたと考えるなんて、分不相応で恐れ多いことだ。

領主家の人々が次々と亡くなって、現在の領主様は一人残された直系の男子だという。
若くして当主となったのがヘレンが物心もつかない幼い頃であったというから、ヘレンより年上であることは間違いない。

パーティーが近付くにつれて聞こえてくる噂によると、招かれるのは高貴な家の令嬢や地位や名誉ある人物の令嬢ばかりだということだ。
そんな中で庶民のヘレンが唯一選ばれているということに意味があると解釈した母は、より花嫁候補であるという自信を深めていった。
しかしヘレンは母とは逆に、不安が大きくなっていく。

庶民的なケーキひとつで領主様が農民を招こうと考えるわけがない。
一度きりの気まぐれだけでも感謝すべきなのに、パーティーにまで招待してくれるなんてあり得ない。
どんな人格者だとしても、この上ヘレンが花嫁に選ばれると期待するのは無駄なことだ。

ヘレンが心配なのは、マナー違反をしてしまわないかということである。
母にまで恥をかかせてしまうのは心苦しい。

前日になると不安と緊張でなかなか眠れず、朝方になってようやく少しという具合だ。
せっかくの招待を断るのは失礼だと説得されて頷いたものの、そのような改まった場に行くとは思わないので、相応しいドレスを待っていない。
他の女性と張り合う気はさらさら無いが、肩身が狭い。
髪の色と同じだ。
自分では恥と思っていないのに、差別的な評価をされる。
けれどヘレンが顔を上げていられるのは、家族の愛とそれが築く矜持があるからだ。


「せっかくだからお母さんと楽しんできなさい」

優しい笑みを浮かべて、父は娘に告げた。

「身の程をわきまえて遠慮する必要はない。こんな機会ないんだから。変に頭がいい振りをするより、思いきり楽しんだ方がずっと得だ」

父の言葉で、ヘレンの気負いが抜けた。
どうせもう二度と会わないような人達ばかりなのだから、一生に一度の機会を楽しんでしまえ。

強張っていたヘレンに笑みが戻ったのを見て、父もまた笑みを濃くして頷いた。

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あきゅろす。
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