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短篇

この地方はりんご酒が有名で、ヘレンも十六の頃からりんご農園で働いている。
二年が過ぎて三年目になり、ヘレンは十八になった。

ヘレンは控えめでおとなしく、飾り気のない少女だ。
真面目でよく働き、愚痴をこぼさないし、人を悪く言ったりもしない。
その善良な人柄が人々に好感を抱かせる一番の要因だった。
性格と同じく、眉目も華やかで色気があるタイプとは違う。
マリンブルーの虹彩や鼻筋が通った凛とした顔立ちは父似で、清麗な美しさを持つ。
物腰がやさしく女性らしいやわらかさ。そして背に流れる波打つ赤毛は母譲りである。

赤毛は差別的な見方をされることもあるが、母は自身の鮮やかなオレンジ色を気に入っていた。
ヘレンは同じ赤毛でもより赤みがかった色をしている。
幼い頃より人に何と言われようと素敵だと言い聞かされてきたおかげで、ヘレンは自分の髪の色に劣等感を抱いたことはない。
偏見によって時に傷付くこともあるが、それによってうらんだり嫌ったりすることはない。
自分のすべては両親から受け継いだものであると知っているからだ。

年の離れた弟は目元こそ母に似ているが、チョコレート色の髪も何もかもが父似だ。
ノエは姉にべったりで、ヘレンはよく弟の面倒をみている。
ヘレンはそれ以外に自らすすんで家の手伝いをしている。
そのことを知っている人々は我が子に手本としてヘレンを例にあげるほどだ。
農園のカフェで働くおばさんもしかり。
彼女はヘレンのことを気に入っていて、自分の身内のように気にかけて可愛がっている。

ヘレンは祝い事など何かある度に手作りの焼菓子をプレゼントした。
ごく親しい人に限られるが、おいしいと評判だった。
最近もおばさんの結婚記念日にクッキーを贈ったばかりだ。
旦那さんのと二人分を用意したが、一つは“あるお方に差し上げた”という。
その言い方から相手が“それなり”の立場にある方だと察したが、余計な詮索はしなかった。
ただ、そんな方の口に自分なんかが作ったものが合うのかというのが心配だった。

しかし、それから間もなく。
今度はそのお方から作ってほしいと注文がきたのだ。
それもまたおばさんを介してだ。
農園のりんごを使ってほしいとのことで、買って預けていったという。
ヘレンはパウンドケーキを作り、おばさんに預けた。
するとその礼がおばさんを通してヘレンの手に渡った。
ベルベットの赤い薔薇のコサージュ。

添えられたメッセージカードに名前はなく、ただ「L」の一文字のみ。
身分を明かさないのといい、上等な品物といい、やはり農民のヘレンとは住む世界が違う方なのだ。
農奴解放で自由民になったとはいえ、ヘレンは立場をわきまえている。
だから、この出来事を人に吹聴するようなマネはしなかった。
両親にはこっそり話したが、それだけだ。

ヘレンは薔薇のコサージュを大切にしまった。

それから幾日たったか、ヘレンに手紙が届けられた。
手触りのいい上質な紙に、細く優美な文字が印刷されている。
封蝋の刻印は一文字。
「L」

あのお方だと気付いて緊張感が高まる。
続いて動揺が走ったのは、ファミリーネームに覚えがあったからだ。


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