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短篇
15
両手で顔をおおう。と。

「リリィ」

あの声だ。
気付いて両手を放した瞬間、背中からまわった手がリリィを抱き締めた。

「リリィ。純真無垢な人の子よ。お前の魂は美しい」

実感するより早く、涙が勝手に溢れ出していた。

「だから私はお前に魅せられたのだ。こうして、手をのばさずにいられないほど」

彼がそうしなかったら。
あの時に彼が呼ばなかったら、二人が出逢う事はなかった。
その喜びに伴う、彼の苦い罪悪感。

「私は奪うばかりで、お前に何も与えてやれなかった。それなのにお前の魂は少しも陰ることなく輝き続けた。すまなかった。頼むのならば私の方だ。リリィ。お前はまだ、私を見てくれるか?」

するりと彼の腕が離れるが、リリィに躊躇いは微塵も無い。
振り返って、彼を見上げる。
陽の光の中で見た彼の姿は、恐ろしい闇色ではなかった。
それは単なる漆黒ではなく、ダイヤモンドと同じ黒い輝きだった。

「精霊さん」

彼を前にすると、やはりそれ以上想いが言葉にならなかった。
その想いを察した彼はリリィのあごをすくい、軽く口づけた。
そして息が触れるほどの距離で囁く。

「心配していた。風の精霊殿の協力を得て私の浄化が成功しても、お前が目覚めないのではないかと。もし目覚めても、もう私のもとへは戻ってはこないのではないかと」

そこに在ることを確かめるように、リリィが答える間も無く再び口を塞ぐ。

「ありがとう、リリィ」

その広い胸に包まれて、リリィはほぅっと吐息をもらした。

「今度こそ。私は最期まであなたのおそばに居ます。そして生まれ変わっても、私は必ずあなたのもとへ辿り着くでしょう。きっと魂がそれを求めているのです。あなたが美しいと言ってくれたこの魂が」

先に行くほどくるくると巻いたリリィの金の髪を、長い指が撫でていく。

「お前は真実の愛で、私を救ってくれたのだ。浄化へのきっかけを与え、最終的に赦罪と救済で呪縛から解放してくれた」

額や髪にもキスを降らせながら、彼は続けた。

「リリィ。お前がそれらをもたらしたのだ。お前の無垢なる愛をもって。リリィ。私を受け取ってくれ」

頭上を越えて向かう視線を追うと、そこには中空に浮く黒い宝石があった。
台座もガラスケースも消えてしまっている。
目を丸くしつつも、そっとその石の下へ両手を出す。
その中へ重みがおさまると、嬉しさと安堵で笑みがこぼれる。

「精霊さん」

受け取りました。という目でキラキラと見上げるリリィを、たまらず宝石の精霊は腕の中に閉じ込めた。
そしてそっと愛を告げる。
リリィはダイヤモンドを両手で包みながら、羞恥に負けて目の前の胸に顔を埋めた。
そしてふと気付いたことを、照れ隠しに口にする。

「ふふっ。変なの。精霊さんは私が持ってるのに、その私をまた精霊さんが包んでる」

可笑しいと思ったリリィの何気ない言葉だったが、それは彼に大きな感動をもたらした。

「こんなにそばで触れ合っても、もうお前が苦しまずに済むのは幸せだ」

その想いに、胸が詰まる。

「一緒です。ずっと」

魂の絆ができたなら、生まれ変わってもきっとまた会える。
それが今生での希望になる。

「リリィ。それだが」

まだ何か問題があるのだろうかと不安にかられ、リリィは首を傾げてじっと彼を見上げた。

「既に我々の間には愛によって絆が生まれている。それは世界の理であり、原始的な秘密の力である」

するりと頬を撫でられて、リリィは瞠目して頬を染めた。

「お前の美しい魂は、そう時間をかけずに再びこの世界へ生まれ出るだろう。姿形が違えど、私はお前の魂を見つけてみせる。だが、それでも待つ時を思うと共に過ごす時が短すぎる。私はそれを待てない。そして、何度もお前に見知らぬ男だと言われるのはつらい。そもそも、次のお前もまた我々が目にできるとも限らないのだ」

リリィは初めてその可能性に気付いた。
“わかる”人間は減っているというし、次のリリィが彼を“わかる”人間になれるとも限らない。
わからないまま、彼を知ることがないままに、何かが欠けていると感じながら一生を過ごさねばならないのだ。
それはあまりにつらい。
リリィはまたじわりと涙を浮かべた。

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あきゅろす。
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