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短篇
14
差し出された手をとると、導かれるままについていってしまった。
リリィが狼狽えている内に、エメルはすました顔で入口を通り抜け、ずんずんと進んでいってしまうのだ。
お任せくださいと胸を張って言うが、人の認識を誤らせるくらい大したことでなくともリリィにとっては大した問題だ。

「お姫様一人の入館料分くらいはまけてもらっても構わないでしょう。ずいぶん長いこと集客に貢献したのですから」
「エメルがここに飾られてるの?」
「いいえ、まさか!」

エメルがここにある物に宿って、それで多くの人を集めたからだと思ったら、違ったようだ。
ワタクシではありません。と、にっこり笑う。
人型になると表情が豊かでわかりやすい。

そういえば、と。
妖精から、緑の竜は黒い宝石のそばに居ると聞いたのをリリィは思い出した。
宝飾品が展示された広間の中央に、それはあった。
展示名は『呪いのブラックダイヤモンド』
宝石商や、カラーダイヤ、鉱物収集家などの手に渡るが次々と持ち主が不幸に見舞われたことで、呪いの宝石として有名になったものだと説明書きにある。
妖精たちが恐れて近づきたがらなかった理由がわかった。

「はじめはデマと、単なる偶然の事故だったそうです。しかしそれが不吉だと言われるようになると、人々が忌み嫌いはじめた」

黒いダイヤは巨大で、リリィの手では完全に包むことはできなさそうだ。

「この大きな宝石の所有者に対する嫉妬や恨みなどの負のエネルギーだけでは済まず、ウワサがより凶悪で強大な念を呼び、やがてそれらが本物の呪いとなったのです」
「それじゃあ、宝石は何も悪くないんじゃない」

この宝石だって被害者だ。
ガラスケース越しでさえ威圧感を覚える宝石は崇高で、光輝を放っているようだ。

「ですが有名になればなるほど、負のエネルギーも増していきます。そうなると最早コントロールなどできない。ですので今はこうして人の手を離れ、ここに飾られていることを選んだのだそうです」
「人が不幸になっていくのを見るのが嫌になったのね」

彼と同じだ。と、リリィは思った。
彼も最後に、同じく“呪い”と言っていた。
この世界で目覚めた時は何故手放したのかとうらめしくなったが、彼もまたそうだったのだろう。
自分のせいで誰かが死んでいくのがいい気持ちであるはずがない。
理解できると安心した。
一人にされてしまうのが嫌で、それなら彼のもとで死んでしまった方がいいという我儘が通らなくてよかったと。

「そこでお姫様。ワタクシは、コノ宝石がもう誰かを不幸にしないよう、浄化の手助けをしておりました」

エメルはまたにっこり笑って、褒めてと言わんばかりに胸を張った。

「昼間は動かせませんので、人の居ないのを見計らって太陽や月の光にさらし。格の高い精霊様のお力を借り。すっかり浄化を成し遂げたのです。それがお姫様の目を覚ますひとつの方法だと伺いましたので」

鼓動が騒がしく鳴りだす。
黒く高貴な佇まいが、彼を思わせた。

「お姫様は目覚められ、自らの足で来られました。それが何よりの証。さあ。呪いを冠する展示台から。この世界の呪縛から、今度はお姫様が奪うのです」

目の前が熱くなり、手が震えた。

「精霊さん…っ」

ガラスケースに顔を寄せ、そっと囁く。

「精霊さんは、ブラックダイヤだったのね。あなたに相応しい。高貴で、優雅で。圧倒される美しさ」

初めて彼を見た時を思い出す。
その存在に圧倒されて、うまく話すことができなかった。
けれど今ならわかる。
こんな素晴らしい宝石なら、美しくて当然だ。

「そんなあなたに魂が美しいと言ってもらえて、私、本当に嬉しかったの。初めて自分を認めてもらえたの。だから、あなたの世界に甘えてしまって……」

今も、彼は言ってくれるだろうか。

「精霊さん。あなたの腕の中で、最後に思ったのはあなたへの恋しさでした。そして目覚めて、あなたに手放されてしまったことに絶望しました」

思い出すほど涙が滲む。

「きっと私は、あなたの呪いをとくために生まれたのですね。だけど精霊さん。わたしは酷い人間です。家族や家を失ったことより、あなたが居ないことの方を悲しんだのですから…!」

泣きながら、たずねる。

「それでもあなたはまだ、私の魂が美しいと言ってくれるでしょうか……?私を、あなたのもとに置いてくれますか?」

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あきゅろす。
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