短篇
8
「不可抗力ですから、恨んでもしかたないと諦めようと思うんです」
「お姫様っ。今こそ解放を訴える時ではないですか!アノ男の罪を責めてもよいのです。帰してもらいましょう!」
エメルは、リリィが何故彼を責めないのか理解できなかった。
しかし、そんな子竜を黙らせたのは精霊だった。
「お前はリリィに仕えるものであろう。そのお前が、この純真無垢な姫君に憎めと言うのか」
エメルは言葉を失ったが、それでもお前が言うな!と、強がった。
「精霊さんは最初に、私はここに“住む”と言いました。あなただけのものだと。そして、ここが私の居場所だとも。何が起ころうと私を手放す気は無く、ここに置かれるおつもりだったのでしょうから、生きていたことに驚きこそすれ、それを何故黙っていたとか、それなら帰してほしいだとか、そもそも何故私をさらったのだとか責める気はありません」
リリィの思いを知り、エメルはもう何も言わなかった。
「解放される気がないから、私に真実を明かされたのでしょう?」
リリィが解放せよと迫ってそれが叶えられる余地があるなら、彼は子竜が黙っているのをいいことにずっとリリィに誤解させておくはずだ。
少なくとも今の時点で逃がす気など無いから明かしたのだ。
例えリリィに恨まれようと。
「お前の魂が曇ることだけが気掛かりだった。美しく輝く魂に魅せられて奪ってきたのだから。リリィ。やはり、お前の魂は美しい」
恨まれ、責められることを彼は悲しむのではない。
それによってリリィの魂の輝きが損なわれることを惜しむのだ。
現世から奪い取り、自分だけの空間に閉じ込めておくほど魅せられた魂が。
例え邪悪だと評される相手であろうと、精霊に魂が美しいと認められるのは嬉しいことだった。
それが曇らずに済んだことは、リリィにとっても喜ばしいことだ。
改めて正しい行いをしたと悟り、安堵する。
「どちらへ?」
席を立った彼へ声をかけたのは思わずだ。
「あまり長く共に居るのはよくない。子竜に危険だと聞いたろう。またお前に邪悪なものの影響を与えてしまう」
“また”という言葉で思い当たる。
「それでは、私が起き上がれなくなったのは……」
「隔たりのある場所に置けば安全だと油断していた。世話をする者を出入りできるようにしたのがまずかった。だからそれを塞ぎ、かわりに子竜を捕まえてきた」
リリィは燭台を運んできた老紳士を思い出した。
彼は、捕まえてきたものに対して気をつかってくれていたのだ。
それが魂が曇っては困るとか、弱っては困るという理由であっても、リリィには好感が持てた。
「精霊さんは、それでよかったのですか?確かに私はあなたの“目の届くところ”には居ますが、あなたは“そば”とも言いました。なのに」
「お前は私がさらった。私だけのものだ。それは大いなる成果だ。もとより離れて見ているしかなかったのを思えば」
リリィを呼ぶ声を思い出す。
城の裏手のあずまやで。彼はきっと見ていたのだ。
「精霊さん」
リリィの顔に、自然と笑みが浮かんだ。
「また、お茶をご一緒してくださいますか?」
闇色の目が一瞬泳ぐ。
その隙にエメルが翼をばたつかせ口を挟んだ。
「お姫様。お気をつかわれなくともよいのです!ほだされてはなりません。アノ男を誘わなくとも、おとなしく従うのだからお茶くらい寄越せとおっしゃってもよいのです!」
リリィは苦笑し、首を振った。
そして彼へ顔を向けると。
「私があなたのものであるというなら。もし、お嫌でなければですが」
「では、お前に影響の無い範囲でならば」
リリィが微笑むと、表情こそ変えなかったが、精霊はひとつ首肯した。
「ゆっくり楽しむといい。時をみてまた来る」
彼は今度こそ消えてしまった。
エメルは、リリィの向かいのイスの背に移った。
「お姫様は清廉過ぎます」
「いいの。わかってる。警戒心も猜疑心も薄い私は、まだまだ子供だってよく注意されていたもの。それは、そのままだといけないのですって」
エメルは何か言いかけたが、しゅんとして口を閉じてしまった。
お世辞にはいいように言ってくれても、それを本心から手放しで褒めてくれる人は居なかった。
大人になったらそれでは通用しない。傷付いて損をするのは自分だから。と、たしなめられた。
そのままでもいいのだと言って、改めずともよいと言ってくれる人なんて居なかった。
だから、魂が美しいと言ってくれた彼を。
変わらないことを望んでくれる彼を、案外すんなりと許せてしまったのだ。
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