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短篇

「やかましい子竜に好かれたものだな、リリィ」

また自然と会話に参加したことで、彼の出現に気付く。
時間の感覚はわからないが、前回の訪れから数日ほどであると思う。
エメルは懲りずにカッと口を開けて威嚇している。

「お茶の席へ案内しよう。もちろん、こうるさいチビに催促されずとも設ける用意はあったがな」

冷ややかな視線が寄越されると、エメルはムッとして翼をばたつかせた。
音も立てずに、鳥籠のドアが開く。
差し出された手をとる。と、次の瞬間にはもう彼の腕の中に居た。
空中に浮いていると気がついて息を呑む。

「オイ!お姫様は空を飛ぶことに慣れていないのだぞ!慎重に!安全にお運びするのだぞ!」

エメルは焦ってオロオロとリリィのそばを飛び回っている。
彼はそれを見やっただけで、ほぼ無視してすーっと舞台へ下りた。
自分の足で真っ直ぐ立つのは久し振りで、慣れるまで少し彼の腕に掴まった。

「ごめんなさい。ありがとう」
「断る必要なんてないですよ、お姫様。ぜーんぶコノ男のせいなんですからねっ」

今度は完全にエメルを無視して、出現していたテーブルへリリィを促す。
しかし、そこにはイスがひとつしかなかった。

「精霊さんのお席はないのですか?」

リリィは当然、彼も同席するものだと考えていた。
だから意外そうにそう聞いたことに精霊の方も虚を衝かれた。

「お姫様!気をつかわれなくともよいのです!」

何かと突っ掛かってくるエメルをあしらっていた彼も、思わず賛同して遠慮した。

「そうだ。お前の希望だ。お前が楽しめばいい」
「でも……」

残念そうに、眉根が寄る。

「せっかくご一緒できると思ったのに。……あ、お忙しいのですか?」
「いや、そうではないが……」

エメルは、邪念の無い真っ直ぐな眼差しを向けるリリィと、それを受けてどうしようかと思案する精霊とをきょろきょろと見比べた。
リリィが望んで言った手前黙っていたが、彼が同席すると決めてイスを出現させると不満げに顔を背けた。

紅茶の香りを吸い込むと、リリィの顔にふんわりと笑みが咲く。
いい香り。と独り言ちて、なつかしむ。

「いただきます」

こくりと一口嚥下し、ほぅっと吐息がもれる。
そしてふっと笑みをこぼすと、くすくすと笑いだした。

「生き返ったような心地というのは、正に、こういう時に使うのですね」

置かれている状況をおかしがって、楽しもうとすらしている。
それは時に子供っぽいと言われるリリィであるからというのもある。が、現実から切り離され、すべてを失った今を受け入れはじめているのも大きい。

「死んでからもお茶を飲めるとは思ってませんでした」

それまで向かいの席でじっとリリィを眺めていた彼が、静かに口を開いた。

「お前を奪ったのは私だ。私がさらってきた。お前のすべてを私のものにするために」

感情をうつさない目が、テーブルの端に座る子竜へうつる。

「お前の竜は、知っていながらお前を誤解させておいた」

項垂れて反論しないのは、肯定だった。
リリィはそんな二人を見て、彼らが何を言っているのか考える。

「私はお前を丸ごと奪ってきたのだ。死んだお前の魂を横からさらったのでも、まして殺したのでもない。お前はいわば、神隠しにあったのだ」
「神隠し……?では……」

リリィはまだ、生きているということか。
しかしそれならどうして今まで何も食べずに生きられたのか。
それもこの不思議な異空間のなすワザなのか。

「お姫様、すみません。騙そうとしたのではないのです」
「いいの、エメル。気遣ってくれたのでしょ?」

エメルはますます項垂れた。

「そうね。生きていると思っていたら、きっとこんなに穏やかな気持ちでお茶を楽しめてなかったもの。諦めきれずに帰りたいと嘆いて、いつまでも精霊さんを責めてなじったかもしれないし」

死んでしまったと思ったから、諦める他ないと思えたのだ。
足掻いたってもうどうしようもないと。

「精霊さんがまだ私に時間がかかると言ったのは、こういうことだったのですか。私がエメルの気遣いを許しても、あなたの行いは許さぬだろうと?」

現世からリリィを奪ってきた元凶を恨み、この邪悪な精霊を憎むであろうと彼は考えたのだ。
生きていると知れば当然逃げようとするであろうと思っていたのだ。

「神隠しが無ければ、当然今も私は城で暮らしているでしょう。けれど、現に私はここに居ます。精霊さんに名前を呼ばれ、気付いたらもうこちらに来ていたのです。どうしようもない大きな力に巻き込まれて」

彼は何も言わず、顔色ひとつ変えずにリリィの言葉に耳を傾けていた。

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あきゅろす。
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