短篇
6
「確かに。邪悪なものが何かに宿れば、人はそれを悪魔と呼び祓うでしょうね。ですが、私は今あなたから違うと伺いました。なので正しく呼びたいと思います。精霊、さん?」
目の前の彼とその呼び方はまだ違和感が拭えない。
けれど、正しいことを行うのは善であると信じているリリィには嬉しくもある。
その時ふっと、彼は片頬で笑った。
今度は気のせいではない。
「邪悪で、危険だと聞いたろう?そう簡単に信用して平気か?」
きょとんとしたリリィの様子は、言われて初めて気づいたのが明らかだった。
今のが嘘かもしれないなんてちっとも思わなかったのだ。
人でない、作りものの様な彼からこぼれた貴重な感情だったから。
疑う余地など無い。真実だと思ったのだ。
けれどそれが計算で、作戦だというのなら、きっとリリィはまんまと騙されているのだろう。
でも。それでも。
「信用します。そうすれば、あなたにも私を信用してもらえるでしょうから」
疑いはじめてはきりがない。
信じなくては始まらない。
結果、愚かだと笑われようと。
今行うことが正しいなら、リリィは自分に自信が持てる。
格子の隙から、再びリリィの頬へ手がのびる。
「リリィ。純真無垢な人の子よ。お前の魂は美しい」
精霊と名乗る彼は真っ直ぐにリリィの澄んだ目を見つめた。
そして手を放すその時、ぼそりと独り言ちたのをリリィは聞いた。
「私もそのように輝ければ……」
「精霊さん」
リリィの呼び掛けは彼を振り向かせることはなかった。
すっと闇へ消えてしまうと、まもなくエメルが飛んで戻ってきた。
リリィは、彼の中にある陰りを見た気がした。
エメルが話した内容を知っていたことといい、忙しくて来られないのかしら?と話していた矢先に現れたことといい、少なくともここでの会話は把握しているようだ。
だから、こちらから話し掛けることも可能なのだ。
だが、エメルは彼とリリィが二人になったことをよく思ってはおらず、聞こえていようとなかろうと構わず思ったことを口にした。
それに自分が邪魔にされたことも気に入らないようだ。
竜のエメルは、神と呼ばれるほど格の高い精霊ではない。
自然霊でありながら、低級であるせいか感情的だ。
だから友達になりたいと言ったリリィの気持ちを喜び、リリィの美しい魂を気に入って自ら仕えたいと申し出たのだ。
「どんな邪悪なヤツだろうと、お姫様の魂が美しく輝いているとわかるはずですよ!それなのにこんな形で閉じ込めておくなんて、侮辱というものです!ワタクシが危険を承知で逃走をすすめるという無謀なマネをすると思われるのは構いませんよ!そりゃあ侮られるのは屈辱ですがね!?ですが、お姫様は実際にこうしておとなしくしてらっしゃるじゃないですか。理不尽な状況であっても、お姫様は常に冷静で高潔でらっしゃる!そんな方を独り占めして!少しは譲歩してほしいものです!」
エメルは憤慨している。
つまり何が言いたいかと言うと。
「こんな屈辱的な仕打ちにも黙って従ってやっているのだから、お姫様がお望みのお茶とお菓子くらい出したらどうなのか!」
城を用意しろとは言わない。
屋敷で我慢してやるとも言わない。
ただ、獣を捕らえておくようなこのやり方がエメルは気にくわないのだ。
せめて人が人らしく過ごせるような、最低限の空間にすべきだと。
「だけどエメル。はじめはきちんとお部屋をもらったのよ?燭台の他には何も無かったけれど、それは信頼関係の問題だと思うし。きっと何か事情があるのだわ」
エメルはあごを上げてリリィを見た。
それが、どんな事情があるのです?と語っている。
リリィは困ったように微笑んだ。
「私が弱ってしまったことと、関係があるのかもしれない。だってここへ移ってから、一度も起き上がれないなんてことにはならないもの」
それを聞くと、エメルは黙ってしまった。
さすがに彼を嫌っていても、その推測は認めることにしたようだ。
わざわざさらってきておいて、そう簡単に死なれては困るだろう。
彼はそう思わせる言葉も口にした。
「住む」や「居続けられる」など。
それが限りあるものだとしても、ある程度は生かしておくつもりなようだ。
けれどエメルはあくまで、人の尊厳を考えて当然そうするべきだと憤る。
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