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短篇

エメルが来てから、リリィの中で考え事をして気持ちが落ち込むという時間が減ってきていた。
話さなくとも、一人よりずっと気が楽だった。
思考がよりのんきに変わり始めていた。

「お仕事がお忙しいから、あまりここへ来られないのかしらねぇ?」

エメルはぷんと外方を向いて、来てほしくないですよ。とぼやいた。
どうも捕まる時に首を掴まれたのが屈辱だったらしく、「お姫様をさらった邪悪なモノ」という評に「不躾なヤツ」という私怨が上乗せされていた。

「悪魔さんは、人間を食べるかしら?あぁ、だけど、高貴なお方だとどうなのかしら。グルメそうだものねぇ」

子竜は他人事のようにふんわりの述べられた危機感の無い呟きにあんぐりと口を開けた。

「あら。でも、お腹がすくものかしら?ここに来てから私ちっともお腹がすいたと感じないもの」

肉体の無い存在なら、ものを食する必要もないのだろう。

「そうなると残念なのは、お茶やお菓子を楽しむ幸せが味わえないことね」
「要望があらば用意しないこともない。ただしお前が子竜にそそのかされず、おとなしくしていればの話だがな。リリィ」

違和感無く差し挟まれたので、出現に驚くのがワンテンポ遅れた。

「悪魔さん」

呼び方が不満だったとみえて、美しい造形が嫌そうに動いた。
眉を寄せた程度の変化だが、表情が動くのを見たのは初めてだった。
エメルは翼を広げカッと口を開けて威嚇しているが、それはキレイに無視されている。

「ごめんなさい、勝手に。お名前を伺ってなかったものですから」

きちんと膝を彼へ向けて座り直して言うと、ほんの一瞬口角が上がったように見えた。
けれど見間違えかと思うほどだったので、驚きは伴わなかった。

「ならば教えよう。だが、子竜は邪魔だ」

すっと指を動かしただけで、エメルの姿が消えてしまった。

「エメル?エメル…!」

慰めになっていた存在が消えてしまうと、途端に不安にかられる。
何処へやってしまったの?と目で問うと、闇色の目が動く。

「下だ」
「お姫様ー!無事でございますか!?」

見下ろしても舞台に居ないが、更にその下に居るようだ。
飛んで来ないところをみると、またあの鳥籠に捕らわれているのかもしれない。

「エメル!大丈夫!心配ないわ」

ほっと息を吐くなりのびてきた手にあごを捕らわれ、思わず身をかたくする。

「リリィ。退屈が紛れたようでなによりだ。子竜を捕まえた甲斐があったというものだ。脱走を企みお前をそそのかさなければ、だがな」

彼は何度も逃げるなと言う。
リリィが一度もそんな素振りを見せなかったのに何度も念を押すのは、リリィがエメルに“そそのかされる”と思っているからだ。
それは彼にとって知られては不利益になるようなことがあるということなのだろう。
それをエメルが知っている可能性がある。もしくはそう彼が思っているということだ。

「逃げようと考えたことはありません。これからどうなるのでも、あなたがここに居ろと言うのなら……」

リリィの頬を撫でる手は優しい。

「お前がこうして私に従順で居続けられるならば、安全で快適な環境を用意してやれる。しかし、まだ時間がかかるようだ」

離れた手が、格子の外へと戻っていく。
逃げる気は無いと告げたのに、完全に信じてもらえるまでにはまだ時間がかかるようだ。

「教えると言ったが、名前という点ではない。もともと私自身に名は無い。正体、という点では答えてやれる」

リリィは言葉ひとつひとつを追いながら、理解するとこくりと頷いた。

「お前は仮に悪魔と呼んだな。しかし私はそれでもない。言うなれば精霊だが、あの子竜が明かしたように、私は邪悪なるものだ」

エメルが話したことを彼が知っていたということよりも、彼が不利益になる情報がこれでは?ということに気をとられた。
邪悪で危険だと言われれば、逃げるべきだと考えるのが道理だろう。

「呼び方に困るのならば、好きに悪魔とでも呼ぶがいい。人にとっては同じようなものであろう」

美術品に見惚れるようにして不躾にじっと見つめてしまっていたが、リリィは目をそらした。
人でない邪悪なものといったら悪魔だとばかり思っていた。
だからまさか精霊だという発想がなかったし、しかも彼が悪魔と一緒にされることを嫌っているとは思わなかった。
呼べばいいと言うが、感情を表さず表情を動かさない彼が不快感をあらわにしたことは大きい。

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