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短篇

ここはずっと暗いままで、時間の経過がわからない。
死んでいて地獄に居るなら時間など関係ないのだが、一人だと退屈で、つい何日過ごしたのかと考えてしまうのだ。
どれだけ眠って、どれだけ起きてるのかもわからない。
死んでも寝る必要があるのには驚きだが、まだ死んだばかりで慣れていないだけで、本当はその必要がないのかもしれない。

いつの間にか、闇へ消える階段を眺めるのが習慣になっていた。
そこから彼が現れてくれるのを期待して。
彼に聞きたいことが沢山ある。

やっと現れた彼の手には、黒い鳥籠がさげられていた。
彼が現れてくれたことよりも、リリィはその籠の中身に気をとられた。

「お姫様!そこで何をしておられるのですか!?」

間違いない。
籠の中には、リリィが使役する緑色の小さな竜が捕らわれている。
何故こんなところに居るのかというのはリリィにとっても同じ疑問だ。

「エメル?」

声が震えた。
肉体が無い存在だから、人の感覚での死は無い。
だからエメルは死んだのではなく、捕らわれて連れてこられたのだ。
彼の顔を窺ったことに意味は無い。
考えようにも頭が働かず、ただ呆然と見上げるだけだ。

「お姫様!」
「この子竜がお前を捜しまわっていたのでな。退屈しのぎの遊び相手くらいにはなるだろう」

空中を浮いたり滑ったりして目の前へ来た彼は、高位の悪魔かもしれないと思い始めていた。
悪魔は高位であるほど美しいと耳にしたことがあるし、彼なら納得がいく。
用意していた言葉が、彼に圧倒されてすべて吹き飛んでしまうほどなのだから。

「よからぬ事を考えぬことだ。無闇にこの閉ざされた空間から出れば、お前達の安全は保証できない」

彼はエメルに鋭い視線を向けた。
エメルは翼を広げて威嚇している。

「お前も、何を聞こうと子竜にそそのかされるな。リリィ。お前の居場所はここ。私のそばなのだから」

結局またろくな会話もできずに彼は消えてしまった。
籠から解放されたエメルは、真っ直ぐにリリィのもとへ飛び込んだ。

「お姫様!再びお目にかかることができて嬉しいです!」
「私も。エメル。だけど、あなたまで連れてこられてしまったのね。私のせいね」
「何をおっしゃるのです。ワタクシは生涯お姫様ただ一人にお仕えすると誓ったのです!何処へであろうとお供しますとも!」

項垂れたリリィの膝元へ来て、小さな竜は頭を垂れた。

「お姫様のお耳に入れねばならないことがございます」

自分が居なくなった後の世界のことを聞くのはつらい。
けれど、知る必要がある。
その責任があり、それがケジメであると思うからだ。
例えそれが、“彼”のもたらす甘言に反する現実だろうと。

「ワタクシはお父上に呼び出され、お姫様を捜すよう頼まれました。お姫様の気配が消えてしまい混乱していた時でしたので、召喚に応じたワタクシは、その“頼み”を喜んで受け入れました」

使役される者は、主以外の命令を聞かない。
しかし、もしリリィの父が無理を承知で命令という形をとったとしても、子竜は姫を捜しただろう。
誰の意思でもなく、己の意思で。
リリィは父が自分を捜してくれた事と、エメルがここまで来てくれた事に感謝した。

「しかし、その途中で……アノ男に捕らわれてしまったのです。アノ邪悪な男に!」

邪悪という言葉と、リリィの知る“彼”は決してイコールではない。
まだそこまで彼を知らない。
けれどエメルに明かされた彼についての情報は、悪だった。

「未熟なワタクシにははかりかねますが、それでもとんでもないモノだというのはわかります。こうして異空間を作り出し、お姫様を隠しておくなど造作もないことなのです」

やはり彼は、大きな力を持つ高位の悪魔なのだとリリィは確信した。
けれど。それなら、何故。

「どうして私をここに閉じ込めておくの?」

彼の言葉を思い出す。
彼は“私だけのものだ”と言った。
私のもとで住む、とも。
異空間とはそういう事なのだろう。
ここは天国でも地獄でもなく、彼が作り出した彼だけの世界なのだ。

「お姫様はさらわれたのです。アノ男が、現世から。我々の手から奪った。どうする気かはわかりませんが、アノ男は危険です」

彼は危険だそうだけれども、彼はここを出ても危険だと言った。
わからないことを考え続けるのはもう疲れていた。

「とにかく、よかった。あなたが来てくれて。もう一人で居るのは退屈だったの」

笑ったつもりが、ひきつった。
するとエメルは悲しげにクルル……とのどを鳴らした。

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